Her eye

がたん、ごとん…、電車独特の音と同時に自分の体も合わせて揺れているのがわかる。丁度隅に体を預けて寝ていたようだ。目を開けると見覚えのない、電車、というより列車に近いようなところ。数人がけの対面式の座席で、個室になっている。窓から見えるのはのどかな風景。

ふと思う。

私はこんなところに乗った覚えなどないような気がする。

なんで列車なんて乗っているのかわからない。ああでも何か思い出せそうな気がする…、こう出かかってるんだけど出てこないみたいな、いいや、思い出せないってことは大したことでもないんだ。周りをきょろきょろ見ると上には網棚があって随分と大きな茶色のトランクがあって、個室のドアの向こうは廊下になっているようでたまに子供が走り去って行く姿が見える。

耳をすませば微かに騒ぐ声が聞こえてきて楽しそうだった。

私はそのまま動かずに窓の外の風景を1人楽しんだ。この列車の揺れと遠くに聞こえる騒ぐ声が不思議と落ち着く。なんで自分がこんなところにいるのか、なんで1人なのか、どこかの駅に着いたらなんとかなりそうな気がして、ただただ眺める。

がたん、ごとん…。

1度だけ廊下で何か押している音がして顔を向けると、おばさんがお菓子を山積みにしたカートを押していた。お菓子好きな子が買い占めてもまだ残っていそうなくらいに。

暫くしてアナウンスが流れた。もうすぐキングス・クロス駅に着くらしい。…確かキングス・クロス駅ってロンドンじゃあ…、ああそっか思い出した、今日はイギリス滞在最終日だからって1人で汽車乗りたいって言ったんだ私、なんで忘れていたんだろう。

窓の外の風景がゆったりと流れていきはじめ次第にゆっくりと汽車はスピードを落としていく。そろそろ着くんだ、と思っていると誰かがこの個室のドアを開けた。


「君は、もう降りる準備は出来た?」


ああ、まだだね。と鳶色の髪の少年がで優しく微笑んで入ってきた。降りる準備? と私が首を傾げていると彼は私の頭上にあるトランクを降ろす。


「はい、トランク」
「あ、ありがとう御座います…」


はい、と言われても自分のじゃないのに…。そんな気持ちで受け取ったトランクの取っ手部分に1枚のタグが付いていていることに気づいた。裏返しなっていたのでひっくり返してみると驚くことに自分の名前が書いてある。いかに古そうなトランクだけど、いつ買ったのかイマイチ思い出せない…。この列車で起きてから私の頭がおかしい。寝ぼけ過ぎてるしっかりしなきゃ。


「もしかしてお節介だったかな?」
「そんなことないです。ただ寝ぼけてるだけなんだと思う…」


今度はしっかりとお礼をして、立ってるのもなんだし座って下さいと言って向こう側の席をすすめたけど、やんわりと断られた。それもそうか。


「貴方は、その、私を助けたというか、どうして気にかけてくれたんですか?」
「ん? なんとなくかな」



なんとなく。なんとなく助けてもらえた私は多分運が良いのかもしれない。じゃないと自身で忘れていたトランクをここに置き去りにするところだったのだ。



そして駅に着くアナウンスが流れて彼とは別れた。トランクを引っ張って人の流れ(何故か周りには年の近い子からちょっと離れてる子だけが、つまり"子供"しかいなかった)に合わせて私も汽車から出る。後ろを振り向けば白くもくもくと煙をあげている紅い立派な汽車。こんな凄いのに乗っていたのか自分は。でもいつから乗っていたんだろう。


親を探すべくあたりを見回す。見つかり易い煉瓦の柱のそばで寄り添うように2人は待っていてくれていた。


「お母さん、お父さん! ただいま!」


この妙に混雑する中、気づいてもらえるように手を高くあげ、左右に大きく振りながら掛けていく。

途中、すれ違った真っ黒なくるくる髪の眼鏡をかけた少年が私を見て驚いてたようなきもするけど、私の顔に何かついていたのかな。無事再会した両親に聞いてみたけど普通よ、と言われただけだったから気のせいか、と思い直した。


(今の子の瞳、綺麗だったな)


 
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