テレビではアナウンサーが、街中では煌びやかなイルミネーションや軽快なメロディーや鈴の音が、今日が恋人どうしで過ごす一日だということを伝えている。はらはらと雪が舞う中、仲良く手を繋ぐカップルや家族。煌びやかなその光景に、早足だった私の足はだんだんと緩やかになってしまう。いかんいかん。少しばかり覚えてしまった羨望を振り切るように、再び早足で発車時刻の迫る電車まで急いだ。
外とは違う暖かな風が全身を包む。特に足元に当たる暖かい風はとても心地がいい。電車を下りた時の温度差を考慮して、マフラーを外す。外しながらそっと車内を見渡せば、街中と同じようにここにもクリスマスを感じさせる光景が所々存在していた。しかし思いの外、家族連れやカップルは少なく、この車両にいる大半をジャージを身に纏った高校生たちが占めていた。その背丈は平均より高めの人達ばかりで、身につけているジャージやバッグにはそれぞれの高校名と共にバスケ部と印刷されている。この電車に乗っている高校生の向かう先も私が向かう先も多分みんな同じ。
次は――駅。そのアナウンスを合図に、外したマフラーを巻き直す。ガヤガヤとし始めた車内では、彼らが私と同じように下車するための準備を始めていた。緊張するな、ここはこうして――。会場着いたらすぐにアップな。そんな会話が絶えることなく耳に入る。徐々に大きくなる心音を感じながら、到着のアナウンスと共に電車を下りた。
一人で道を歩くのがあまり得意でない私は、彼らに混ざるようにして目的地までたどり着いた。ウインターカップ。そう大きく書かれた看板と会場に集う人の多さが、より一層私の心音を大きくさせる。見慣れたオレンジ色のジャージを着た集団を発見し、出来るだけその近くの席へ座る。応援席の下に広がるコートをボールが駆け回る。オレンジ色のジャージ纏った色素の薄い綺麗な髪を見つければ、途端に笑みがこぼれる。不撓不屈を掲げたこのオレンジ色のジャージ、我が秀徳高校バスケ部は東の王者なんて呼ばれているくらいかなり実力のある強豪校だ。彼らが今日から始まるウインターカップのために休みも惜しんで練習してきたのは知っている。応援席にいる彼らだって、コートでアップをしているメンバーだってそれは変わらない。先日から始まった冬休みなんてものは無いに等しく、彼女だっているはずなのに、彼らのクリスマスはもちろんこの大会に消えてしまう。それを付き合っている人がどう思うのかは人にもよるけど、少なくとも私はクリスマスが無くなったって彼らを応援したいと思っている。そりゃあ多少はクリスマスを彼氏と過ごせないのは悲しいとは思うが、部活後にさらに自主練をしている姿だって私は何度も見てきたのだ。そんな努力を無駄にしてほしくなんかない。そのため私は今日のこの試合、見に来ることは言っていない。そもそも見に来いとも言われていないが、彼にとってこれが高校最後の大きな大会で、勝てば明日も試合。来ていることを言ってしまえば、きっと気を使わせてしまうだろうから、明日の試合に影響が出てしまうことだって有り得る。私はマネージャーのように選手のことをきちんと考えることなんて出来ないけど、少しでもその努力が実るように微力ながらも支えていくしかないのだ。
アップの終了を知らせる放送が流れれば、選手は一様にチームごとに並んでいく。金色の髪を追いながら、試合が良い結果になりますようにと、彼らの試合の開始を待つ。所定の時間が近付くにつれて会場の高まりは増していく。一回戦だというのにその大きさは凄まじい。全国区の戦いの凄さを思い知らされる。時間になりそれぞれの高校が入場する。オレンジ色のジャージがこちらを見上げる。大きさを増して反響する声に、反響したその音が心臓をドンドンと叩き、同じように暴れだした。
秀徳がボールを回す。高く放られたボールはリングに触れることなく入る。その余りに美しい機械のような一連の動作に見取れていても、自然と目に入るのは金髪の八番。宮地清志だ。回ってきたボールをドリブルしながら相手を躱す。バスケはよくわからないけど、清志のそれはとても綺麗だということは一目でわかった。
試合終了まであと数分。点数は秀徳がリードしているが、勝負は最後までわからない。だれかが言っていたその言葉を思い出して、コートを駆け回っている選手にエールを送る。ブザーとともに決められたあのシュートによってこの試合は終了。盛り上がるオレンジの選手と圧倒的な点数が、秀徳の勝利を知らせる。歓声とともに緊張が解ける。いつの間にか強張っていた体から疲れもどっと溢れ出す。そんな私とは対照に清志はいつもの物騒な笑顔ではない笑顔で喜びを分かち合う。おめでとう。心の中でそう伝えてからそっと席を立つ。その間も私の視線はずっとコート上の秀徳高校のまま。それがいけなかったのかもしれない。お疲れ様と会場を出ようと足を動かそうとした時、黒髪の十番がこっちを向いた。確か高尾くんといったはずである。高尾くんはこちらを見たあと清志に何かを伝えた。ここからでは細かい表情まで見えないが、きっと眉間にしわを寄せたはずだ。あ、やばいこれ。そう思った時にはすでに遅く、笑顔が一転、清志の鋭い視線が突き刺さる。そのあとにはため息が降り懸かる。よく言えば待ってろ、悪く言えばパイナップル投げんぞ、だろうか。もしかしたら後で覚えてろよ、かもしれない。後でなんて言われるだろうなと考えながら、意味もなく高尾くんを少し恨んだ。
「なんで来てんだよ」
携帯をいじっていれば頭上に感じる痛みと声。ごめんおめでとう。謝罪と祝福を同時に言えば、照れたように清志は顔を背けながらまだ優勝したわけじゃねーよという。
「送ってく」
帰りの電車に乗りながら、二人っきりになってしまったこの状態と予想通りの言葉に後悔が押し寄せる。大丈夫だよ。送ってもらう意味とチームのみんなといてもいいという意味を含めた断りをいれても、きっと清志はそれを跳ね退けてしまうだろう。
「ありがとう」
少しだけ赤くなった頬は、きっと暖かい電車の中だからだ。がたんごとんとだれもが電車だとわかる擬音語に揺られながら、他愛もない話をする。その柔らかく暖かい空気に、だんだんと瞼が重くなっていくのを感じる。いかんいかん私が寝てどうするんだ。瞼の筋肉に力を入れて、かっと目を開いて視線を泳がせる。じんじんする目と視界に入った赤と緑のカラーに少しだけ眠気が吹き飛んだ。仏教文化の日本では盛大に今日を祝うことは少ない。メリークリスマス。キリストが降誕した日を意味するそれは発することなく私の中で留まった。
「メリークリスマス」
右手に感じる温かさと優しい声に目を閉じる。煌びやかな景色が脳裏に浮かぶ。がたんごとん。電車のゆれる音に心地のいい鈴の音が重なった。

ジングルベルが聞こえる

素敵な企画黄昏様に提出させて頂きました。
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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