窓の外をちらりと眺める。昨日から空は真っ黒だ。雨雲から、まるで止むことを知らないかのように雨は降り続ける。至る所を濡らす雨のせいで地面は一面水浸し。自転車で通る道は滑るし、傘を片手に運転するため昨日と今日の登下校は大変だった。窓にも被害が及んでいて、たくさんの水滴が張り付いている。それがゆっくりと動き出しては落ち、また新しいのが張り付くのをじっと見ていた。
どんよりとした窓の外とは打って変わって、教室の中は明るく盛り上がっていた。甘い匂いが充満する今日は一年に一度のバレンタインデーである。女子は作ったチョコをクラスのみんなに配り、男子は女子達からチョコを貰えるかそわそわしながら待っていたり、貰った男子は俺泣きそうやと泣き真似をし喜びをあらわにしたりする男子もいた。中にはクラスの女子全員に手作りであろうブラウニーを配る男子もいた。ちなみに私も貰ったが、完成度はものすごい高かった。
そんな中、一人窓の外をぼーっと眺める私はこの賑わう教室の中で明らかに浮いている。この空間に似つかわしくない、窓の外と同じようなどんよりとした何かが私の心を覆っているのだ。その理由は、チョコを作って来なかったからというわけではない。休みの日には慣れないお菓子作りに奮闘しながらクラスみんなの分のチョコチップクッキーとチョコレートを作ったし、今日だってちゃんと忘れず持ってきた。ただ、早々に渡してしまったせいですることがなくなっただけなのだ。
ホームルームが始まる五分前を知らせるチャイムが鳴り響いたと同時に、教室の扉ががらりと開いた。その瞬間、チャイムに負けないくらい大きな女子達の黄色い声が上がった。

「白石くん!チョコあげるわ!」
「あ、うちのも」

扉付近には目を輝かせた女子達がある一人の男子生徒に群がっている。この光景を見るのは、今年で三度目だ。彼女達より頭一つ分くらい背の高い彼――白石蔵ノ介は、僅かに困ったような笑みを浮かべながら「ありがとう」と、チョコを受け取っていた。そんな白石の腕は、綺麗にラッピングされたチョコ達をたくさん抱えていて、あの中に自分があげたものも紛れてるんだろうなと思うとなんだか辛くなった。そう、私は彼にチョコレートをあげたのである。そしてそれが、私の心を曇らせている原因だった。
私と白石は知られてはいないが、小さい頃からずっと一緒にいた所謂幼なじみというやつだ。小学校の中学年辺りまでは遊んだりもしていたのだが、高学年になるに連れてそれもなくなっていき、今では一言も言葉を交わさなくなっていた。原因としては、白石と一緒いる私を妬んだ奴らが起こす嫌がらせ。小学生の頃何度も繰り返されたその行為に嫌気がさし、白石との関係を絶った。白石と苗字で呼ぶのもそのせいだ。それでも、毎年訪れるバレンタインデーにはチョコレートを渡している。もちろん彼には内緒で、すでにチョコでいっぱいになった靴箱にこっそり入れて、だ。話すこともないのならあげなくてもいいのだとは思うのだが、小さい頃からの習慣のためか、それとも、関係を絶ってしまった私がまた彼と話したいと心のどこかで思っているからなのか。多分後者だと思うけれど、私は毎年、名前も書かずに靴箱に投入しているのだ。白石は優しいからきっとお礼出来ないのが嫌なんだろう、名無しのチョコを贈られて困っている顔を見るのは正直辛いし、名前を書いてないのだから仕方ないのだけれど、なんで気付いてくれないのと思う自分もいて、私の心は毎年、天気に関係なくどんよりと曇っているのだ。

一日が過ぎるのはあっという間だということを今日身を以て体感した。結局、一日中あのことを考えていたらいつの間にか次の日を迎えていた。
昨日あんなに盛り上がっていたはずの教室内にはまだ少しだけバレンタインの余韻が残っているものの、いつもと変わらない穏やか、と言うよりは関西のノリが十分に発揮された明るい雰囲気が漂っていた。それに比例して私の心も幾分か落ち着きを取り戻してきている。
だけど、「昨日はありがとうな、美味しかったでチョコ」と、いうような彼の言葉を耳にする度に、ちくちくと心が痛むのだ。こんなのはただの子ども染みた嫉妬でしかない。私が少し勇気を出せば、彼だって声をかけてくれるかもしれないけど、そんな勇気なんて私にはあるはずがない。結局のところ、私が白石にお礼を言われる彼女達に嫉妬する意味もないのだ。
ああ、もうこんなことを考えるのは止めにしよう。無駄でしかない。頬杖をついて昨日と同じように窓を見た。窓には雨の粒がたくさん付いていて、空はどんよりと曇っていた。

朝には昨日の余韻も残っていたが放課後になればそれももうなくなり、帰宅や部活動、委員会の雰囲気に変わっていた。私は、特に学校に残る用事もないためさっさと家に帰ろうと、下足室へと向かった。靴箱を開けて靴を取り出そうとしたのだが、それは靴の上に置かれた紙切れによって遮られた。恐る恐るそれを手に取り、確認する。そこには、毎年チョコありがとう。と無駄のない一文が丁寧な字で書かれていた。名前はどこにも書かれておらず、たった一文だけ書かれた紙切れだったが、その一文で考えるより先に送り主が誰だか分かってしまった。
手に持った紙切れが何だか温かく感じぎゅっと握り締めてからブレザーのポケットに入れた。

「……白石」

思わず呟いてしまった名前に返事をする者は誰もいなかったが、外から運動部の声が聞こえてそちらを見た。一昨日からずっと降り続いていた雨は止んでいたらしい。上を見上げれば真っ黒だった空からは太陽の光が射し、どんよりとした雲も少なくなっていた。
少しずつでいい、昔のような関係にまた戻りたい。
いつの間にか私の心を覆っていたどんよりとした何かも消え去っていた。


世界の色が変わる時


title by カカリア
120220
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