真夏日が続く八月の半ば、受験生である私は毎日のように勉強に追われていた。その原因は私の選んだ志望校にある。
――星月学園、そこは星を専門的に学ぶ所らしく、昔から星座や神話が好きだった私がその学校を知ってから進学すると決めるまでは速かった。
しかし、一つ難点があった。それはそこが進学校だということ。生憎私の頭は良い方ではない。むしろ悪い方だと思う。そんな私では到底学力なんて足りるわけもなく、冒頭のような状態になっているのだ。
もっと私の頭が良ければ、勉強しろとお母さんに怒鳴られることも大好きな漫画も没収されることもなかったのかもしれない。
はあ、と体中に溜まった疲れを溜息に乗せて吐き出しそれからベッドにダイブする。少し気分転換でもしようか。そう考えてみたものの、私の手元には漫画も携帯もない。さらには先月新作のゲームを買った所為でお金もない。うーん、と上手く働かない頭をなんとか回転させて私はある答えに行き着いた。

使い慣れた自転車で熱いアスファルトの上を走る。暑さのせいか、先の方に見える景色が揺らめいて見える。
お金を使わず楽しめて涼める場所、行き着いた答えは図書館だ。図書館なら私の好きな星座や神話の本だって読めるし、勉強も出来る。周りも静かだし気分転換には持ってこいの場所だ。
図書館までの道程はそれほど遠くはない。15分ほどで着く距離だ。だが、元々夏が苦手な私にとってはその距離でさえ辛い。苦手な理由であるミンミンと鳴く耳障りな蝉の声と容赦なく照り付ける陽射しを浴びたせいで、目的地の駐輪場に着いた頃には一日の体力を使い果たした気持ちになっていた。
ゆっくりと開く大きな自動ドアを抜ける。館内の温度は私の予想と違って生温く、一気に不快感が増した。こんなことなら家にいれば良かったかな。ああ、早く秋にならないかな。これだから夏は苦手なんだ。自分の失敗を季節の所為にしているところから、相当暑さにやられていると自分でも思った。
まあ来てしまったものは仕方ない。だらだらと目当ての本が並んでいると思われる棚の側まで近寄る。夏の星、神話。私の興味をひくタイトルが上から下、右から左までぎっしりと埋まっていた。その中から気に入ったものを数冊手に取って机に向かった。
本を熟読している人、課題をやる大学生や高校生。本と同じようにたくさんの人で埋め尽くされた机には一つの空きもなく、私は机の前と星関係の本が並ぶ棚とを行ったり来たりしていた。もうそれを行って三度目くらいだろうか。多分空席はないだろうと思いながらも、棚の前から移動しようと机の方角に体を向けた。

「あ、宮地くん」

空席を見つけるよりも先に、私の目線の先できょろきょろと辺りを見渡す見覚えのある姿が目に留まり、思わず声に出してしまった。私の呟きは意外と大きかったらしく、たくさんの目がこちらに向けられた。もちろん、その名字を持つ彼も例外ではない。
顔から火が出るどころか全身に熱が回り、どっと汗が吹き出る。季節が季節なので余計に暑く感じてしまう。恥ずかしいし宮地くんにも迷惑をかけてしまった。こちらを見た宮地くんの眉間にはいつもよりも一層深く皺が刻まれていて、彼に向けた表情が無意識のうちに引き攣ってしまっているのを感じた。慌てて取り繕おうとしたけど、ここで笑顔はおかしいことに気が付いて結局そのままの表情で落ち着いた。それと共に体の熱さも大分落ち着いてきたようだ。
私のせいで厳しい表情を浮かべることになった宮地くんは、周りを少し見渡してから私の方へ足を踏み出した。近くづくにつれてわかったのだけど、宮地くんの頬は心なしか赤く足取りも速い。それらが確実に私のせいだと思うと引いたはずの熱が再び体中を駆け巡り出した。

「……おい」
「宮地くん、ごめん……!」

深々と頭を下げる。武士みたいな性格をした彼のことだ、ごめんだけではきっと済まされない。説教の一つや二つ食らわされてもおかしくないだろう。私はぎゅっと目を瞑ってその言葉を待った。
だが聞こえてきた言葉は私の予想を大きく外れ、気にしてないだった。びっくりして宮地くんを見つめると、今度は顔を背けながら、外に出ようとそそくさと図書館を出てしまった。
宮地くんの、私よりも大きな背中を視界に入れながら、図書館の前にある公園のベンチに腰を下ろす。やっぱり外は中よりも暑くて敵わない。公園には子どもなんて一人もいなくて、蝉の鳴き声だけが聞こえる。隣の宮地くんと私の間にできた拳三つ分くらいの隙間と静寂が余計に私を赤くさせた。
この沈黙からどうにか抜け出そうと何か話題はないか探していると、宮地くんの腕に抱えられてる一冊の本に目が行った。

「宮地くんって星好きなの?」

宮地くんの腕の中には夏の星座に関する本があって、それに目をやった宮地くんは少し気恥ずかしそうにああ、と答えた。

「おまえもその、好きなのか?」
「うん。ずっと、昔から」

言葉を選んでゆっくりと話す。隣から紡ぎ出される宮地くんの声と一緒に、煩かった蝉の鳴き声までがすっと体の中に染み込んだ。宮地くんの話を聞きながら遠くを見つめてみると相変わらずゆらゆらと景色は揺れていた。とても暑い。だけど、耳障りなその音も、この夏の暑さも、なんだか今はとても心地好く感じる。





ミーンミーンと鳴く蝉の声はもう聞こえない。その代わりにリンリンと涼しげに鳴く鈴虫やこおろぎが姿を見せるようになった。私の好きな秋がやってきた。

「あいつらやっと引っ付いたよな」
「え?ああ月子と宮地くん、ね」

私と犬飼くんの少し前には、仲睦まじい二人が歩く。どちらも頬と淡い色の髪を夕日の色に染めながら楽しそうに笑っている姿は、とても微笑ましい。周りから聞こえる鈴虫やこおろぎの綺麗な声が、時折聞こえる二人の会話を引き立ている。
ひゅっと吹いた冷たい風が短いスカートと髪を揺らす。風に吹かれた私の髪が、目の前にいる二人を遮るように顔にかかった。一面黒くなってしまった視界。邪魔だな、という気持ちとは裏腹に、一旦顔にやった手は髪に触れずにそのまま真っ直ぐ落ちていった。
ああ。今だけ、夏になればいいのに。涼しいね。そうだな。そう言った彼女と彼の声を聞いて、蝉の声が聞きたくなった。

甘い脳波と黒い情緒

素敵な企画、曰はく、様に提出させて頂きました。
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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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