優しく名を呼ぶその声。
恐怖などなく満面の笑みを浮かべる。
純粋過ぎるその心。
その全てが彼には眩しく、またとても欲した。
「ザンザスさん」
「あ?どうした」
「いえ、ちょっと呼びたかっただけです」
本来なら呼んだだけなどと言った奴は消されるだろう。
それはもう、憤怒の炎で跡形もなく消されるのが目に映る。
または、某銀髪の彼のようにサンドバッグにされるのがオチだ。
しかしどうだろうか。
ふわりと笑う彼女を見てなのか、彼は一切彼女に手を挙げようとしない。
それどころか、大切なものを見るかのように暖かく、そして優しい視線を彼女に送っている。
今までのザンザスからは考えられないその視線。
知り合いが見たならば迷わず皆、『ありえない』と口々に言い出すだろう。
それほどまでに彼は狂暴なのである。
「あ、お菓子作ったんですけど…食べませんか?」
「…貰う」
「はい。紅茶煎れてきますね」
嬉しそうに、でも母のように優しく笑う蒼空を視界の隅に映しながら考え込んだ。
自分は少女と出会って変わってしまった、と。
胸の内にあったどす黒い感情は消えていた。
短気や暴君的な性格は変わらないが、ボンゴレを恨む気持ちはいつの間にか全てが消えてしまった。
当初はそれが受け入れにくかったが、今ではそれを受け入れている自分がいる。
それは周りが驚いてしまうほどの変化だろう。
…決して、そんなことは口が裂けても言わないだろうが。
「ザンザスさん、煎れてきました」
「ああ、貰う」
「どうぞ」
カタリ、とゆっくり置かれた紅茶に自然と手が伸びる。
ダージリンの優しい香りに余計に心が落ち着いた。
そして、かじったクッキーは甘さ控えめで自分好みである。
そんな何気ない気遣いが嬉しくて、思わず笑ってしまった。
それを見ていた蒼空がパチパチと何度も瞬きをしていて、よけいに笑える。
「まず、かったですか?」
「あ?ふ、オレ好みだ」
「よかったです!」
「ふ、」
「?ザンザスさん凄く今日笑いますね?」
「お前のせいだ」
喜怒哀楽がはっきりと現れる彼女を見ると、また笑いが込み上げる。
とうの昔に捨ててしまったであろうこんな気持ち。
だが、確かにザンザスの中に存在した。
優しく、ゆっくりと彼女の髪を撫でれば猫のように擦り寄ってくる。
その行動がより、ザンザスの忘れていた感情を呼び覚ます。
「ザンザスさん…」
「傍にいろ」
「はい」
短い言葉に全ての気持ちを込めたが、その全てが彼女にはしっかりと伝わっているようだった。
その証拠に嬉しそうに笑っていた。
彼女が幸せそうに笑うとザンザスも嬉しくなる。
代わり映えのない、当たり前の日常。
誰にでも訪れるような日々の一コマ。
だが、…それが何よりの幸せだとザンザスは思った。
決して人には言えない、ザンザスだけの秘密である−−。
この気持ちを恋と呼ぶなら…
(オレはそれでいい)
水樹様リクエストありがとうございます!
20110620