※OROCHI2設定 大地を踏みしめ、荒んだ風に息を荒げてその場を駆けた。どこを見ても人が倒れ伏す姿しか見えなかった。名前さえも知らない者から、一度会話をしたことがある兵士たち。胸が、息切れのせいか、はたまた畏怖に慄いているせいか、どくどくとやけに脈打っていた。 なまえはどこだ、どこにいる! 返事はなかった。それが逆に怖かった。 なまえ! なまえ!! 馬岱に、ホウ徳の姿は既に見てしまっていた。見たくない姿であった。 共に駆けた仲間が、死ぬことはないと信じきっていたからか、生々しくて、馬超は未だ信じきれずにいた。 (この声、は、孟起さま……) なまえは地面に倒れ伏し、ただ、どこか遠くから聞こえる夫の声に耳を済ましていた。体は動くことはない。意識も、気を抜けば途絶えてしまう勢いだ。 その日は雨が降る日だった。泥が、血が、頬にこびりついていた。なまえはこんな顔を馬超に見られたくないと、最期まで女らしく物事を考えていた。 なまえ!! なまえっ……!? 馬超の声が、近くから聞こえた。 なまえは全ての意識をその声へ向ける。ざっざっと不安定に地面を歩く音が聞こえ、馬超の息を飲む音、荒い息遣い。記憶に焼き付けるように、胸を痛ませ、なまえは神経を研ぎ澄ました。 何故だ! 何故、なまえがこのように……!! 馬超は行き場のない怒りに地面を叩いた。一度となく何度も、新たな傷が増えるとも構わず。やがて馬超の怒りを現すように雷鳴が世界に轟いた。なまえの頬に、泥を落とすための雨が強く降る。その頬についた泥を払い、馬超は指を滑らせた。頬はすっかり冷たくなっていた。確かな肉付きに、見慣れたほくろの位置を指でなぞり、馬超は息つく。 なまえが亡くなったと実感したのはこの時であった。 うおおおおおおお!! 天よ、怒りに震えるがいい! 俺の怒りはとどまらぬ、この大地が割れようと、雷が落ちようとも!! ▽ 「孟起さま、孟起さま」 「む、どうした?」 陣営にある馬超の天幕に、なまえはやって来ていた。過去を改変したおかげで、馬岱にホウ徳、そしてなまえが生きることになったのだ。生き返る、と言うとまるで死んだ者が再度生をなしたようでおかしい。とにかく、なまえは生きている。その事態が何よりも馬超の心を落ち着かせた。 「孟起さまは私が亡くなったとき、とてもお怒りに体を震わせたとかお聞きしましたが……」 「……あぁ、そうだな。だが、そのようなこと考えずともよいだろう?」 「今、息をして俺を見ているのだから」と、馬超はなまえの頬を撫で、その体温を確かめた。 ぞわりと体が粟立った。最後に触れたのが、あの日だったからだ。 天幕の外では、くのいちや馬岱たちが賑やかに喋る声が聞こえる。それでも、馬超にはなまえの心音が鮮明に聞こえていた。とく、とくと静かに波打つその音は心地よい。 「……女には、男が己のために感情を昂らせてくれることが喜びなのです」 「よくわからん」 「孟起さま、私をよく見てください」 馬超はなまえに突然頬を包まれ、目を見開いた。揺れる眼はなまえの赤い唇を映し出し、不意に胸が高鳴る。 「……とても、綺麗だ」 「もう、そんなことを聞いているのではありません」 「ふ、もうこんな湿っぽい話はなしだ! なまえ、腹は減ってないか? 俺と二人だけで、食事をするぞ!」 「あっ、孟起さまってば」 天幕から慌ただしく出て行く馬超に、手を引かれついて行く。その騒々しい物音に気付いた馬岱たちは、馬超を見て、満面の笑みを浮かべた。 |