晴れやかな天候に澄んだ空気を目一杯体に取り入れ、焼き付ける。それなのに、向かうのはいつも埃っぽい書庫だ。 廊下を歩いていると、ちょうど頭を抱えながら書簡を運ぶ呂蒙さまを見つけた。また徹夜か、と思い「呂蒙さま」と駆け寄ると、彼は微笑みを浮かべ私の方を見た。 「おぉ、なまえ。おはよう。朝から書庫籠もりか?」 「おはようございます、呂蒙さま。えっと、書庫で探したい本があって……。呂蒙さまこそ、また徹夜をなさったのですね?」 「ううむ、分かるか?」 「分かりますよ。目の下、隈ができてます!」 「っとと、おい、なまえ何して」 「こうすると隈が、」 「おいおっさん!」 「呂蒙さん、なまえに何を!」 「ご、誤解だ!」 現れたのは凌統さまと甘寧さまだった。 怒りを示す二人は呂蒙さまへずいずい近寄る。その光景は、お金を無理やりとろうとする賊と被害者みたいで。なんだかおかしくて笑うと、凌統さまも笑ってくれた。 「悪い、おっさん」 「気にするな」 「呂蒙さんってば、また徹夜ですか?」 「あぁ」 「無理すんなよ?なんたって、おっさ、」 「おっさんではない!お兄さんだ!」 「あ、呂蒙さん行っちゃったよ。あんた、謝りに行くのが筋じゃないかい」 「……分かってるよ。なまえ、またな」 「はい」と、甘寧さまが走って「おっさん」と叫ぶ姿を見て、また笑いがこみ上げてきた。肩を竦める凌統さまは隣に並び、その光景を一緒に見て、「あれじゃ意味がないっつの」とため息を落とした。 「ま、俺たちには関係ないな」 「ふふ、そうですね」 「なぁなまえ、あんたは何か用があったのかい?」 「あぁ、書庫に行こうと……」 そう言うと、凌統さまは苦しげに顔を歪ませた。 「あー……、俺とどこか街に行かない?」 「午後からでしたら、」 「なまえ殿、凌統殿。おはようございます」 「げ」 凌統さまは彼にーー陸遜さまに聞こえないように小さく呻き声をあげ、一歩後ずさった。それに気付いた陸遜さまは「どうしたんです?」と微笑みかける。 「顔が真っ青ですよ、凌統殿」 「いや、なんでもない……。なまえ、それじゃ午後!迎えに行くから!」 「あっ、えっ、はい……?」 「なまえ殿は書庫へ行かれるのですか?」 「はい。探し物がありますので」 陸遜さまは何やら考え始め、答えを出すと微笑を浮かべて私の方をきらきらした瞳で見つめてきた。 「私も協力してよろしいでしょうか?」 「そんな、悪いです」 「いえ、こんなときこそ互いに手を合わせましょう。なまえ殿、行きますよ!」 ずるずると引きずられるように書庫へ連れ込まれる。あれ、陸遜さまこんなに強引な人だったっけ……。そう考えつつも、しっかりと掴まれた手のひらは熱を持ち始めていた。 書庫へ到着すると、彼にどのような本を探しているのかを問われた。詳しく説明をすれば、陸遜さまは既に何の本か分かったように頷き、探し始める。 私もついでに参考にしたかった書物を手当たり次第取っていき、ぱらぱらと流し読んでいった。 「……それは、あまり参考にはならないかと思います」 「ーーっ、陸遜さま」 「すみません、驚かせてしまいましたね」 「いえ、気になさらないでください」 顔が近い状態で、陸遜さまは話し始めた。 「なまえ殿が探してる書物からすると……そうですね、これと……この本が役に立つと思います」 「すごい……! なんでも知ってますね、陸遜さま」 「いえ、そんな……。私も、若輩者としてもっと勉強をしないといけませんから」 「そうなのですか……。あの、勉学に励むのは良いことですが、無理はなさらないでくださいね」 「心配してくださり、光栄です。ありがとうございます、なまえ殿」 陸遜さまは少年のような笑みで私を見てきた。瞬間、書庫の扉が慌ただしく開かれる。 「姫さまを見てないかしら、なまえ。……あら」 「あっ、今日は陸遜さまにも、その、お手伝いを……」 「ふふ、邪魔をしたわね」 「ち、違います!」 練師さまに説明をしようとするも、陸遜さまに肩を引かれ、さらに説明がつかなくなってしまった。彼にどういうことか視線を送る。あっさりと流され、陸遜さまが代わりに口を開いた。 「練師殿、姫様でしたら殿の元へ向かっておりました。何せ久々の家族との対面ですからね、楽しそうでしたよ」 「そうですか……ありがとうございます、陸遜殿。なまえのこと、よろしくお願いしますね」 「はい、お任せを」 満足そうに返事をする陸遜さまに、納得した練師さまは静かに書庫から出て行った。 残された私たちだが、未だ肩を引かれ彼の温もりが伝わってくるのが些か、恥ずかしい。 「あの、陸遜さま」 「待ってください」 「え?」 「まだ、あと少しだけ……」 彼はあまりにも淋しげに言うから、私は頷き、されるがまま彼にくっついていた。私の肩を掴む手のひらの力が強くなり、さらに近づく。おまけに鼓動が早鐘を打ち始めた。 光が差し込まない書庫に、今思えば私たちは二人っきりなのだ。尚香さまが一度言っていた気がする。男女の関係だとかいろいろ。 彼はようやく離すと、恥ずかしそうに俯き、私の手を掴んだ。 「あの、なまえ殿。私ーー」 「おいなまえ、陸遜! まだおっさん見つからねえんだ! 見てねえか!?」 「……なまえ殿、また今度」 するすると手をほどき、陸遜さまは叫ぶ甘寧さまを書庫から無理やり追い出し、それ以降戻ってくることはなかった。 ようやく一人にやった私はひたすら胸の鼓動を抑えていた。とりあえず、陸遜さまには距離を置いてみよう。 そうして書庫から出ると、偶然にも尚香さまと練師さまに出会い……もちろん、連れ去られてしまった。 |