戯言スピーカー | ナノ



 
何をしてるの、と平然と笑みを浮かべ彼は私に一歩近付く。一歩、また一歩。近くなればより一層深まる妖艶な笑みに、私は顔をしかめた。

「人を斬ったんです」
「あぁ、あなたもとうとう」

珍しく眉根を一瞬寄せた。どうしてここまで深く考えるのだろう。
郭嘉殿は私の寝台に、同じように座る。手のひらを重ねられた。涙が不意にこぼれそうになる。ダメだ、泣いたら、彼が調子に乗って私をぺろりと平らげるに違いない。

「泣いてるね」

きらりと、蝋燭台からの火の光に涙が反射する。郭嘉殿はぺろりと頂く前に、それを指で拭い取った。
いやだ、もう近づかないでほしい。人を斬ったことに胸が落ち着いていないのに、これ以上ざわめかせられたら、おかしくなる。

「怖かったのでしょう。人を斬って、自分は最低な人間だと思って、泣いている。その心だけで十分あなたは綺麗だ。その身も、心も」
「郭嘉殿」
「私が、溶かしてあげよう」

どさりと寝台に組み敷かれる。
私の黒の髪が広がった。彼の指が、優しくてたまらない。涙も私自身も受け止めてくれる。だから彼が嫌なのだ。誰にでもいい顔をするから、これが私だけの愛情表現と思えない。

それでもいいのだ。

「私を、抱いてくださいませ」

どうでも、いい。
郭嘉殿の先にいる天井をぼんやりと見つめながら、はっと一瞥した彼の表情は、酷く悲しそうで、「あぁ、私の心を読まれてしまった」と後悔した。

それでも、抱いてくれる。



(私はあなたを抱きたいから、あなたに優しくするのじゃない。なまえは他の女性と違う。武人なんだ。
子をなしたらあなたは戦えなくなる。ましてあなたは優しいから、子の安全を考えて自分の元から子を引き離すだろう。残されるのは何か、子も武人としての証もなくて、私もいないかもしれない)

(それでも、縋られたら止められなかった)