目にしたとき、はっとそれは桜のようだと。散りゆく様が儚く、美しい。息を飲んでしまうような人。郭嘉殿を見たとき、まずそれを思ってしまった。 目が合う。胸がどくりと疼いた。視線を奪われてしまうのだ、この、たった一瞬目が合うだけで。微笑まれる。微笑み返す。 なんて綺麗な人だと、本心から思った。 今となってはそれはありえない話なのだけれども。郭嘉殿の執務室へお茶を運びながら、胸からふつふつと湧き上がる怒りに手を震わせた。ダメだ、怒ってはならない。もし茶器を割ってしまえば、郭嘉殿のお気に入りのものだから、何で弁償をしろとねだられるか。 金なわけがない。きっと、この身で償わなければならないのだ。 「失礼します」 「どうぞ」と遠くから聞こえ、扉を押し開く。珍しく執務に取り掛かる郭嘉殿の姿が見えた。こうやって真面目に何かに取り組む姿は本当に凛々しい。それでいて、美しいのだ。甘く柔らかな微笑を浮かべる郭嘉殿は、私の方へ一歩近づく。 「いつもすまないね。あなたの入れるお茶はとても美味しいものだから」 「ありがとうございます」 「あぁ、きっと運んでくれる女人が可愛らしいからだろうね」 「はぁ、そうですか」 適当に返事をすると、「つれない」と残念そうに眉を下げた。が、もちろん微笑は浮かべたまま。文机へ向かい、郭嘉殿は散らばる竹簡をまとめると、そこにお茶を置くよう指示をした。 来春、というべきか。冬を超えて、春特有の心地よい暖かさがやってくる。格子窓から射し込む陽射しは墨を質良く乾かし、人の眠気も誘うものだ。 ぼんやりと外の風景を眺めてしまい、それを郭嘉殿に指摘される。 「どうされたのかな」 「いえ、なんだか暖かくていい季節になったなあ……と」 「春もやってくるからね。あなたにお似合いの季節だと私は常に思っているものだよ」 「そんな、ご冗談を」 頬が赤く染まるのを感じた。きっと、春の陽光を浴びすぎたのだ。たったの数分浴びただけとは誰にも言えない。 「はは、冗談ではない。暖かく優しい風が、私を連れていく。なまえも、私にとってはそんな存在だからね」 郭嘉殿はそう言うと、私の頬を撫でた。その手つきは、春風のよう。それなら覗かれる瞳は何なのだろう。春の夜桜と言うべきか。どちらにせよ、私の春はそう遠くない。 「郭嘉殿は、散りませんよね」 あなたは、桜のような人だから。 |