White day | ナノ
土砂降りにあってしまった。私は一通りの少ない田んぼ道のようなところにある、誰も住んでいない民家に雨宿りをしながら、自分の馬鹿さに嘆いた。視察ついでに劉備さまと法正殿が好んでいるというお菓子を見つけたから寄り道をしていると、朝から乱れていた天候はあっさりと崩れ、大きな雨粒が町を襲った。それだけなら馬に乗って急いで帰ればいいものの、買い物をしている間に馬泥棒に遭遇し、馬は盗まれ、私の手にはお菓子しか残っていなかった。

(情けないなあ……)

劉備さまになんて言えば。馬は私の俸給から引かれるとして、劉備さまは……いや、彼は怒らずに私の安否を確認するだろう。ただ法正殿だ。怒って私の仕事を増やし、増やし、とにかくあらゆる手を使って雑事を増やすはずだ。
雨は鬱々と降り注いでいる。走って帰らないと。いや、どうせ濡れるのなら歩いてても変わらない気がする。結構頑張って着飾ったつもりだけれど、濡れてしまうのなら今さら綺麗も何も関係ない。

遠くをぼんやりと見ると、毎日過ごしている城の全体がよく見える。雲が満点に立ち込めて、こんなじめじめとした日じゃなかったら、きっと素晴らしいと思ったんだろうなあ。私は一向にやむ気配のない雨の世界に足を踏み入れる。べちゃっと泥が跳ねてきて、あぁ、早速衣装を台無しにしてしまった。


胸に抱えた包みには、干した果物たちが入っている。濡れないように抱き締めているから水は染みていないけれど、それ以外はすっかり水を吸い込んでしまっていた。最初は走って城へ向かっていたのだ。ただ丈の長い衣服が邪魔をして走れず、結局ぺたぺた水を跳ねさせながら足を運んだ。もはや作業である。地面へ俯き、近付く城門の気配に泣きそうになる。怒られることとか、気に入ってる衣装が濡れて汚れたこと、もう本当になんで外に出たのやら。

城門が近付くにつれて、門の下に人影が一つ見えた。私はその影を凝視する。そして、その影の正体がわかったとき胸を踊らせながら駆け寄った。

「孝直!」

思わず昔のように呼んでしまった。でも、法正殿はしずかに私の身を抱き寄せると、濡れて頬に張り付く髪をかき分けた。

「これを羽織れ、ほら、早く中に」

ふわりと法正殿が先ほどまで着ていた上衣をかけられ、肩を抱かれながら近くの回廊へと駆けた。おぼつかない足取りもすべて法正殿に支えてもらい、私は肩から感じる温もりに、つん、と鼻が痛くなるのをこらえた。


何処にキスして欲しい?



なるべく一通りの少ない回廊を渡って、法正殿の室へ連れ込まれた。偶然にもすれ違ったのは女官ばかりで、変な誤解を招くことは避けられそうだ。そう安心したのもつかの間、法正殿は私にかける上衣を奪い捨て、衣服が濡れていようとも気にせずきつく抱き締めた。

「法正殿……!?」

動揺して彼の肩をおさえると、その手もとらえられる。そして、

「孝直」

続けて、「そう呼べ」と法正殿は耳元に低く囁いた。その声は耳に粘着的に響き、私の体が強張るのを察して彼は喉の奥から愉快そうに笑う。眉をひそめて見つめてやると、瞳の内まで覗くような鋭い眼光に貫かれ、怯えてしまった。掴まれたままの手は解放されるが、行き場をなくす。その間にも法正殿、――孝直のやらしい手付きは私の背中をさまよい、ぞくぞくと粟立つのがわかった。

「孝直、離して……っ」

とっさにそう言ってしまったのを、すぐさま後悔した。孝直は私を待つために城門にいたというのに、失礼なことを言ってしまった。しかし、孝直はそれを計画通りと言わんばかり口元を上げて、私の顎を掴んだ。孝直の目を真っ直ぐ見つめていると、変な気持ちになる。もぞもぞと顎を掴む手に辿り着くと、孝直は眉を寄せた。

「随分と心配をかけさせたな」

顎から頬までなぞるように指が這う。

「っ、何を……!」
「おまけに兵を遣わせれば、お前が騎乗していた馬が中心部にある高原で発見された。……どれほど、俺に絶望を与えたかわかるか?」

孝直は皮肉めいた笑顔のまま私から目を逸らさない。寒さで震える私のことなんて一切考えない。でも、私もどうして。どうして、この人は私の心をここまで掻き乱すのだろう。雨を吸い込んだ髪を絞ると、ぼたぼたと雨水が床にこぼれ落ち、敷き布に染み込んでいく。外から聞こえる騒々しい雨の音は、私の心を荒ませる。

「孝直、」と、名前を呼ぶと、孝直は私の唇を親指でなぞり接吻を落とした。一歩後ろに後ずさり、そのまま勢いよく格子窓の方まで押し付けられる。

「仕置きだ。そんな服、濡れて使い物にならんだろう」

ひどい。内心そう思った。気に入っている服は私の体を守る意味なんてもはやなく、目を瞑り、孝直の手のひらの温もりにしがみつく。雨が降っているから、意識が混濁してくる。ふと孝直が懐にしまっておいた包みを手に取った。「何だ」と開いていき、呆然とする私をよそに、孝直は包みの中にあった糖をまぶした干し梅を見て、一口噛み砕いた。

「なるほど、寄り道もしてたと」
「それは、その……劉備さまと、孝直に……」
「残念だな、没収しよう」

そのまま接吻をされたとき、孝直から甘酸っぱい梅の味がした。思ってはいけないのかもしれないけれど、雰囲気に合わないなあと思って、唇が離されたとき声を噛み締めて私は笑った。



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