White day | ナノ
いいか、一週間前から練習をした通りにするんだ。まずなまえという俺専属であり同じ部活のマネージャーが、部活が終わるまで待っててくれるから、一緒に帰るとしよう。そのあとべちゃくちゃ他愛ない会話をして、なまえにもう三月も半分過ぎたなとかなんとか言って、道中にあるコンビニがホワイトデー特集してるのを見る。そこで確実になまえはホワイトデーだと気付くはずだ!
ついでに俺にチョコを渡したことも思い出して、たぶん、たぶんだけどコンビニを出たら恥ずかしがってると思うんだ。そこからは俺の頑張りどころだ。なまえの名前を今世紀最大に恰好よく……あ、いやいやいや、結婚式と指輪を渡すとき以上には恰好よくしたら駄目だけど、とにかくなまえがドキッとするように名前を呼ぶ。それで、鞄からさっとクッキーを渡して、ついでに手紙とブレスレットを渡すんだ。今どき手紙ですか、古いですね。とか鍾会のヤローが言ってたけど、だからこそいいってもんだ。あの、なんだっけ、温故知新。古きを学んで新しきを知るってやつ。なんかそれっぽいよな。


「あっ、ごめんね仲権! 私今日風邪ひいちゃって、学校休みます〜!」
という素っ気なくもなまえが打ったからか可愛く見えるメールを見つめて小一時間。父さんに「おう倅、遅刻するぞ!」と言われてようやく外に飛び出した。
三月中旬ならではの暖かい陽射しを見上げると、橙やら桃色の世界が見える気がする。そのまま通学路にぽつぽつと咲いている梅の花の通りをこえて、司馬師会長に挨拶して、教室へ駆ける。
道中、「なんだ、なまえ休みなのか?」と司馬昭先輩に声をかけられて、「あいつ、風邪ひいちゃったみたいなんです」と答える。
隣にいた元姫先輩が「この時期に大変ね。夏侯覇殿も、気を付けて」とか言ったときの笑顔、元姫先輩ファンの友達がみたら悩殺されるんだろうなーとか思ってしまった。

何はともあれ隣が淋しい。同じクラスでも、一応ひっそりと付き合っているような関係だったから、友達とかが「なまえさん、休みなんだな」とか言って悔しそうにするのを見て、付き合っていることをバラしてしまいたくなった。
それを我慢して、授業を受ける。そうして一日を過ごしているとあっという間に放課後になる。部活も休んで、明日から土日というなか、放課後に鍾会と出会った。

「なまえはどうしたのだ?」と挨拶をすっ飛ばしてなまえの話をしてきたため、「俺のなまえは風邪ひいたんだよなー」とか自慢をしてやった。すると、鍾会は別になまえを気にしていたわけでなく、なまえといない俺のことを珍しいと思って聞いた、と顔を赤くしながら答えた。なんだそれ。鍾会の表情を見る限り本当なんだろうけど、怪しすぎる。

「じゃあな」と言って別れを告げると、鍾会は相変わらず挨拶に慣れていなさそうに頭を下げて、フンと口角を上げるのだった。


「…………はぁ、なまえがいないと暇だよな」

校門を抜けて、耐えきれず口に出す。言葉通り学校がつまらないわけではない、むしろ普通に笑ったりしたし、授業もまともに受けたつもりだ。ただ、何をしてもなまえ、体育の短距離走で学年一位をとってもなまえ。今頃風邪で苦しんでないかな、とか思うとすぐに帰りたくなる。こんな調子で我ながら気持ち悪いとは思う。ただ、こう、父さんも絶賛の彼女だし? 
……これ以上は長くなりそうだと肩を竦ませ、とりあえず目先にあるホワイトデーという文字に集中した。予定が崩れまくっている。帰っている間に考えないといけないのだ。まずなまえの家に見舞いに行くべきか……、ただ、彼女は今家にいるだろうか。もしかして予想以上に熱が高くて、病院に。いやいやいや、それはない。
なまえは家にいる。そう考えたとして、まずなまえの部屋に尋ねたらそういうムードを無理にでも作るんだ。作れたらいい。父さんに聞いたムードの作り方を参考に、頑張ってみよう。

鞄から感じる質量ではない重さに緊張して歩いていると、梅の花の通りを超えた。明日から土日が訪れる。やっぱりその前には渡したいものだ。梅の残り香は甘酸っぱい。鼻腔を刺激されていると、つい、くしゃみが出てきそうになる。そう思ってコンビニの前に差し掛かった途端、同じくらいの背丈の人が前方からやってきた。いやいやいや、嘘だろ。

「――仲権?」
「なっ、なまえ! 何して……!」

そこにいたのは紛れもなく、風邪をひいているはずの俺の彼女だった。

袖を掴むフリをして抱き締めた



「体調が良くなってきたから、コンビニにお菓子を買いに行ってたんだー」

なまえと並んで歩く帰り道。制服を着る俺と、私服……とくに結構ラフな格好をして休んだ彼女。途中クラスの中であまり喋らない人に見られて、気まずくなった。なまえは構わず「こんにちはー」なんて言うから、なまえはたぶんラスボスなんだろうと思った。

「いやいやいや、治ってもまだ安静にしとけって」
「そうなんだけどね、本当にすごく元気なんだよ」

だらしなく笑ったなまえの顔を見て安心する。やっと本日の疲れを癒せた。

「でも、家に帰ったらちゃんと寝ろよ!」

なまえは「はいはい」と仕方なく言った。この様子だと家に帰っても眠らず、録画してた番組とかを見るんだろうなあ。横に並んでいるなまえの頬はほのかに赤い。まだ熱があるんじゃないか。
恐る恐るひたいに手を伸ばすと、なまえは小さく悲鳴をあげた。

「冷たっ、仲権の手」
「そうか?」
「そうだよ。でも、少し暑かったから気持ちいい」

そう言ってなまえは俺と手を繋いだ。あれ、ひたい、熱かったんだっけ……。忘れてしまったと肩を落とすものの、けろっとしている限り大丈夫だと言い聞かせた。
そのまま先になまえの家がやってくる。俺の家はもう少し先に進んで、曲がったりいろいろするから、ここでお別れだと思った。

「じゃあ、今日はありがとね」
「おう、なまえもしっかり治せよ」
「うん。……またね」

手を振りながら、なまえが家に入るのを見届ける。すっかり風邪も治ったようだ。彼女の家から離れ、自分の家へと向かう。朝から心配して、一時はホワイトデーの渡し方についてどうなるかと思ったものだ。結局ホワイトデーは……、ホワイトデー。

「……いやいやいや、ありえないだろ」

急いで振り返り、すぐ目の前にあるなまえの家のインターホンを鳴らした。すると、待っていたかのようにドアが開き、先ほどまで喋っていたなまえが出てきた。

「どうしたの?」
「あの、これ、渡したくて」

頭が真っ白になりながら、鞄を漁る。丁寧に紙袋に入ってあるクッキーと、手紙、それとブレスレットを探した。そうだ、これだ。ばっと取り出し、なまえの前に突き出す。

「バレンタイン、ありがとな。なまえ」

そうしてなまえを真っ直ぐ見る。元から赤かった頬がさらに赤く染まり、わなわなと唇を震わせ、ようやく微笑んだ。嬉しそうに、幸せそうに。その笑顔を見ていると不思議と満足してしまう。

「嬉しい……、仲権、ありがとうございます」

丁寧に礼をして、なまえは恥ずかしさを隠すようにして笑った。これが見たかったんだ、と俺は嬉しくなった。ただ、何を言っていいか分からず、引き際が肝心だと思った俺は「じ、じゃあ」と言おうとした。でも、先に言ったのはなまえだった。

「またね」

確かにそう言った。そのまま背を向けようとした。ただ、どうしてか気に入らず、俺はなまえの名前を呼び止めていた。
振り返る前に袖を掴み、ゆっくりと力を入れて抱き締める。よかった。ラフな格好をしているから、袖はもう伸び切っている。

「え、」と呆気にとられる名前を胸に閉じ込めて、俺は今世紀最大に恰好よく「なまえ」と囁いたのだった。



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