クリスマス企画 | ナノ





「待ってくださいよー」

 人ごみをかき分けるだけでも重労働。

「賈充さん、あの、はぐれ、わわっ」

 揉まれて、踏まれて、とんだ災難なクリスマスの日。

「あーもう、賈充さんってば!!」

 いい加減手を握ってください!


 クリスマスの前日、賈充さんから一つ連絡があった。すこしはましな格好で明日7時に家に来い、と。どことなくむかつく文章があったけれど、彼の照れ隠しだと言い聞かせ、私はその連絡に頬を緩ませた。これはデートなんだ、と。まし、どころかとびっきりの衣装を着ようと、その連絡を見た瞬間、新しい服を買いに行った。すべてはあすのデートのためにと思って。
 私たちは、一応恋人だった。私はもちろん彼のことが好きだった。告白、というよりなりゆきで付き合うことになったのが、時折押し寄せる悩みの種である。無理やり付き合っているのではないか。そう思うとき、いつも賈充さんは連絡をくれる。ほとんどが電話で。私はそのたびに不安が払われる。そのことを話すとうるさいと一蹴されるのが日課なのだ。

 何はともあれ、待ち望んだクリスマスの日。約束の時間より30分前に到着をしてしまった。

「遅い」
「あれー」

 約束って7時ですよね。尋ねると、賈充さんは「一時間前集合に決まっている」と、冬にしてはトーンが暗めの黒のコートを風になびかせ、言い切った。すこし、ほんの少しむかつく。でも、そうだ、きっと一時間でも一緒にいたいからなのだ。そう納得しているあいだに、すっかり賈充さんはひとりで歩いてしまっていた。

 そうして、今に至る。
 私と賈充さんのあいだにはふた組のカップルがいる。掻き分けようにも、つくづく勇気が出ない。それに、賈充さんから目を離さないことに必死だった。「賈充さん」名前を呼んでみる。反応はない。「待って」待つ気はさらさらなさそうだ。

「もう、帰りますよー」
「……おい」

 賈充さんが突然止まったことで、後ろに続くカップルに被害が。それでも愛の力と言うべきか。気にもせず、カップルは歩いて行った。私と賈充さんなんて存在していないように、気にも留めず人は歩いている。ときどき、痴話喧嘩かと好奇心の滲んだ視線が飛んでくる。

「しっかりついてこい」
「賈充さんが早くて無理です!」
「……仕方のない」
「……って、コートを掴めと」

 一歩後ろに下がるものの、確かに賈充さんに置いていかれることはなくなった。でも、何かが違う。周りのカップルはふたり並んで、仲睦まじく歩いているのに、これでは親子みたいだ。もっと、私が望むのは「イルミネーション綺麗だね」と私が言ったら、賈充さんが「淵師のほうが綺麗だよ」というような関係だ。それなのに、これは少し……。

「あの、賈充さん、隣いいですか?」
「……やめておけ」
「……」

 しぶしぶ諦め、賈充さんのコートの裾を掴んだ。

「どちらに行くんですか?」
「……」

 うーん、本気で悲しくなってきた。どうして呼ばれたのかもわからないデートに、周囲から漂う甘い雰囲気、すべてにくじけそうだった。顔をうつむかせ、自分の足元を見る。
 しかし、そういうときに限ってだ。そういうときに、裾を掴む手が彼の手に包まれるのだ。

「淵師」

 おまけに、優しく名前まで呼ばれて。

「お前が必ず気に入るところだから、安心しろ」

 私には、頷くことしかできない。


デートコースは騙し合い



 だいぶ人の量が増え始め、乗せられたエレベーターさえも満員の勢いであった。それでも賈充さんは私と手を繋いだまま、言葉は少なくともぬくもりはよく伝わっていた。
 ここは確か……。よくテレビで見る、夜景の綺麗な高台だった気がする。案内され、私たちもみんなが降りていく階へ降りる。人は多かったが、遠くからでも見える夜景に、胸が踊った。わあ、と自然とこぼれてしまう。たくさんの色が踊っていた。美しい輝きを放っている。

「すごい……!」

 窓へ寄り、もっと近くから見渡す。
 賈充さんも隣に並び、私の肩を抱いた。積極的な行為に驚いて、私は彼を見上げた。目が合ってしまい、そういえば真面目に見るのは今日が初めてだ、と恥ずかしくなる。目を逸らすと、頭上から彼の低い声がよく響いた。

「こちらをみろ」
「……はい」

 顔をあげると、賈充さんが私の顔を覗き込んでくる。瞳の奥まで、何も見逃すことはないように。すべてを見透かすほどだった。

「クリスマスプレゼントだ」
「え……?」

 彼の腕が私の首裏にまわり、自然と抱きしめてもらう形になった。そのまま、ひんやりとした冷たいものが首に巻き付く。言わなくても、何かわかった。いまだ鼓動が高鳴るなか、私は首にかけられたネックレスを見る。小さな宝石が埋め込まれた、何よりも輝くプレゼントだった。

「綺麗……! ありがとうございます、賈充さん!」 

 これ以上のものをもらった人は、この世界にはいないと夢を見てしまう。賈充さんは私の横髪をかき分け、微笑んだ。あまり見ない微笑に、私も頬が緩んでしまった。

「寂しいと思ったら、それをみろ」
「賈充さん、なんだか今日は優しいです」
「ちっ……調子に乗るな。恋人らしいことをしただけだろう」

 そう言って、賈充さんは私の手を握った。
 何が起きるのかはわかった。周りの人たちもしている行為だろう、と悟ったのは今。受け入れて、私は目を閉じる。熱を帯びた頬を撫でられ、静かに口づけをする。とてつもない幸福感が身を襲う。幸せだ、と脳が伝えてくる。
 離れると、賈充さんはいたずらをするように微笑んで、

「綺麗だ、淵師」

と言ったのだった。



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