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楽進

走って転んで、立ち上がってつまずいて、また転ぶ。「あらら、また怪我しちゃったの?」と、淵師殿が言って、私の膝に薬を塗った。
曹操殿の周りには私たちしかいなくて、張遼殿が敵に回っていた頃の曹魏軍の医師の補佐役だった淵師殿は、よく私たちの傷に手当を施してくれた。

「今日は鍛錬だよね。昨日はー……」
「町へ視察に行っていたら、突然子供が横切ってしまい咄嗟に落馬をしてしまって」
「そうそう。楽進殿ってば毎日ここにくるから、来る理由が整理できないのよね」
「恐縮です」
「褒めてはないのよ。できれば怪我はしてほしくないからね」
「ですが、怪我をしないと淵師殿に会う理由ができません」

と、ここで淵師殿の頬が真っ赤に染まってしまった。何か変なことを言っただろうか。何度か今言ったことを思い出すも、いまいち分からない。だから李典殿に「よく文官の仕事が務まるな」と言われるのか。なるほど、納得。

「……別に、理由がなくても来てもいいのに」
「ですが、それでは仕事の邪魔に」
「あー、じゃあ、私が暇そうな時とかね」
「そうでしたか……、では、毎日淵師殿に会えますね!」
「嬉しいけど、人を暇人みたいに言うんじゃないの」

あっ、すみません。そう謝ると、淵師殿は静かに微笑んだ。わずかに目尻に涙がたまっていた。


私は、また今日も走る。転ぶ。立ち上がる。つまずく。転ぶ。怪我を治してくれる人は、曹魏にはいない。もっと、私の近い場所。そう、例えば私邸で、暖かいご飯を作っているのかもしれない。

「あららら、また怪我しちゃって」

私はその言葉のために、今日も走る。



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