賈充 彼だけ、放つ空気が違う。世界が違う。 そのくせ彼だけ異様に優しいから、きっと好きになったのだと思う。きっかけなんてそんなものだ。 「……結婚、ですか」 「あぁ。相手は、かの有名な豪族の長男だ。よほどのことがない限り、断る理由もあるまい」 「それとも、好きな男でもおるのか?」と、司馬懿さまは愉快に口元を歪ませた。まるで知っているような。幼い頃から私のことを知っている司馬懿さまだから、見抜いているのだろうか。 「……いえ」 親のような人、いや、親への反抗心によって私は首を振った。驚いた司馬懿さまは一度目を見開き、その後静かに微笑んだ。 「明日の昼、邸へ行き見合いのことだ。そのとき、決めれば良い」 「はい、ありがとうございます」 「今、護衛として賈充を連れてきているのか? もし、明日も不安ならば頼んでおくとよかろう」 「……はい」 やはり見抜かれている。私が、賈充殿が好きだということを知って。 拱手をしてその場から立ち去るように出て行き、澄んだ空気の漂う廊下へ飛び出した。 「ご苦労だったな」 「聞いていたの?」 「ふん、聞かずともお前の年齢と表情を考えればわかる」 「……私、断る」 「ほう?」 馬車の元へうながされ、二人で並んで歩く。 「相手は司馬一族に多大な利益を促す豪族。それでいて、男は容姿端麗で才能のある奴だというのに?」 「それでも、いいの」 「司馬懿殿に恩義を報いる頃合いだろう」 「……それ、は」 彼もまた的確なことを言う人だ。私はなんとも言えない気分になって俯いた。お世話になっている司馬懿さま、いや司馬一族のみんなにとって、これほどありがたいことはない。何せ相手は、戦いにも出たことのない私でも知っている豪族の一人息子だ。 「まさか」 賈充殿からの語りかけに、顔をあげた。 「俺が、お前をさらえと? それとも、渡さん、などと司馬懿殿にでも公言をすれば良いのか?」 「……」 「くく、悪くないな」 え、と情けない声が思わず漏れてしまった。悪くない、ということは、いいかもしれない、ということで。 「……だが、俺には合わん」 「期待、したじゃない」 「させるだけさせておこう。なに、そのような行動をするのは光に包まれた奴のみだ。俺には、もっといい方法がある」 「俺にしかできん方法がな」と、賈充殿は諦めたように言い放った。ああ、馬が鳴いている。私も諦めたように馬車に乗り、司馬懿さまに心の中で謝っておいた。明日、誰かが消える。 |