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王異

すでに宮内が寝静まった雰囲気に包まれる頃。
いまだ外の世界は真っ暗で、どれだけ目を凝らしても一面が闇であった。私は寝台から起き上がり、廊下へと足を運ぶ。壁に飾られた老燭台が足場を照らしてくれているから、つまずくことなく歩めた。

やはり時間のせいか、人の気配を感じない。将の姿も何もないのは珍しいことだ。みなが同じ行為をしているのかと、不気味にも思えた。室でまだ起きているものはいるのだろうけど。例えば、――と、肌寒さに手と手をこすり合わせていると、遠くに誰かいるのが見えた。一体誰だろう。首をかしげる。

少しだけ足取りを早くに進め、私は影の主の方へと向かった。


「……淵師?」

ふいに背後から名前を呼ばれてしまう。とっさに振り向くと、そこには老燭台を手に掲げた王異殿が立っていた。橙の光に映る彼女の姿は、どことなく魔性を思わせる妖艶な表情をしていて、瞼が重たそうなのを見る限り、先ほどまで眠っていたのだろう。

「このような夜に、何をしているの?」
「その、起きてしまって。足音を立てないように歩いていたのだけれど、起こしてしまったみたいですね、ごめんなさい」
「……いえ、多分、あなたの足音で起きたわけではないわ。もっと豪快で、うるさかったもの。……人を不快にさせるほどに」

そう言った王異殿は瞳を遥か遠くの方へと向けていて、誰を思い浮かべているのかはすぐにわかった。――それよりも、だ。足音は女官かとも思えたが、彼女たちは別に与えられた邸で眠っているのだからそれは違うはずだ。豪快な足音。典韋殿か夏侯淵殿だろうか。いいや、彼らはそのような不躾な人ではない。

「なんだか、怖いですね」
「えぇ、そうね。でも、あなたには将軍殿がいるから、大丈夫よ」
「……そうだと、いいのですけど」
「あまり夜ふかしをしていてはいけないわ。早く寝なさい。夜に飲まれないうちに」
「そうですね。おやすみなさい。王異殿も、しっかり眠ってね」
「……えぇ」

と、頷き王異殿は室へ戻っていってしまった。彼女の胸に秘める復讐心と孤独心。どうか眠るうちだけは消え去ってほしい。彼女の背に一礼をし、私はその場から離れた。




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