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凌統

どん、と壁に手をついて、淵師の顔がよく見えるように腰を少し曲げた。こちらを不審そうに見つめるまなこはひどく揺らぎ、これからの展開に期待と不安を入り混じらせているような瞳であった。彼女の息がしずかに漏れる。俺には、赤の唇が艶やかに映り込んでいた。

「なあ」

淵師、と名前を呼んでみる。

「何でしょうか……」
「あんた、ずいぶんと抵抗しないんだね」
「はい。まぁ、力の差とかありますし」
「それ、本気で言ってんのかい。そこは素直になった方がいいと思うけど」
「……一応、素直な気持ちでしたが」
「嬉しくないわけ?」
「私は、こういった強引にされる行為は好みませんので」
「……はー、なるほどな」

なるほどなるほど、これは参った。手をひらひらと振って淵師から少しだけ身を引く。いつも通りの二人の間隔へと戻ってしまった。隣に並び、壁にもたれる彼女はぱんぱんと服をはたいているようだ。まるで俺が汚いみたいで、あまりいい光景ではなかった。

「なあ」

もう一度、名前を呼ぶ。

「じゃあ、俺と一緒に茶でも、っと、うわっ」

名前を呼ばれた淵師は、俺に体当たりをして床に押し倒す。崩れる書物、揺れたのは彼女ではなく俺の瞳。いつもは真面目で純粋で、希望という言葉しかかたくなに信じないような淵師が、俺の上にのしかかっていた。まったく、なんて情けない姿なんだ。

「すみません、痛かったですか」
「いやいや、何してんだっつの!」
「……私、強引にするのは嫌いじゃないんです」
「は、」

淵師は唇に狐を描いた。赤く、ぷくりと膨らんだ柔い感触。熱しか持たないそれが俺のものと触れるとき、あ、これは人生が終わったと実感してしまった。それと不覚にも彼女に対しての俺の気持ちは一方通行の想いなどではなく、彼女とつながっているのだと脳が理解をしだすと、やはり恥ずかしくなって俺は咄嗟にその場から逃げ出した。

もし次に会えたら、まずは想いを伝え、手を繋ぐことから始めようと思う。




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