やけに体が重く感じるのは、きっと昨日のことに後ろ髪が引かれているからだろう。寒さに布団から出たくないと、時計とにらめっこしながら悩んでいた。まずは謝るべきか、いや、幼馴染みとはいえ、いきなりキスをしてきた仲権が悪いのではないか。
あの事件のせいで、わたしは『友達以上恋人未満』という便利な枠組みから外れてしまった。いつかは外れてみたいと、夢見たことはある。あくまで夢だった。まだ、進路も何も決まっていないから、変わらないままでいてほしいと思っていたのだ。
そうして、うんうんと頭を悩ませていたら、じりりと最終宣告の目覚まし音が鳴り響いた。慌てて飛び起き、学校へ行く途中に考えてみようと、わたしは深呼吸をし、準備を始めた――その時である。
「おっせーよ!」
「え」と、だらしない声が。
慌てて部屋を出て、玄関を見る。そこには相変わらずの厚着コーデで暖かそうな仲権が立っていた。お母さんが勝手に招きいれたみたいだ。どっと冷や汗をかくところだった。まさか、来るとは思っていなかったのに。
「仲権、」
「遅刻するぞ!」
「でも、「早くしろ!」……はい」
仲権はえっへんと腕を組んで、玄関で仁王立ちをしている。そこまで遅刻ぎりぎりの時間でもないのに、どうしてここまで急かすのだろうか。彼のほうをちらちらと見ながら、わたしは用意を進めた。朝ごはんが少し少ないと思ったら、お母さんが仲権に分けていた。そしてそれをおいしそうに食べる仲権。昨日までのわたしなら笑っていた光景だ。
「ごめん、待たせちゃった」と、ラップに包んだおにぎりを持って言う。
「いいっていいって」
(さっきと言ってること全然違うし……)
内心苦笑を浮かべ、わたしは仲権についていく。いつもどおりの朝を迎えて、もしかして昨日のことは夢だったのではないかと自分に聞いてしまった。もちろん答えは「いいえ」である。
玄関を出ると、冬の厳しい寒さがわたしたちを襲った。からからと枯れ葉が地面の上で吹かれている。仲権は昨日と同じようにマフラーで口元まで覆い、歩き出した。手には何かを持っている。
「仲権、それ何?」
「ん、これか? あーあー、そうだった。これ、昨日の」
「進路希望調査……」
できれば欲しくなかったな、と苦笑を浮かべて言うと、仲権は困ったように微笑んで、何もいわず前を見据えた。彼に渡された調査書にはたくさんのしわが刻まれていた。
何を書こうかな、そんなことを考えてわたしも歩くと、隣に並ぶ仲権はため息を落とした。何事かと思い彼のほうを見る。こちらを見て、気まずそうにマフラーで鼻まで覆ってしまっていた。
「……あのさ、昨日は悪かった」
仲権は寒さのせいか頬を赤く染めて、小さな声で言った。
「うん」
「仲直りできるかな、俺たち」
「……うん」
「えーなんだよ、その間」
「ごめんって」
笑いながら、数歩歩いた仲権のマフラーを強く握る。ぐえ、と悲鳴が聞こえたのがおかしくてさらに笑うと、彼もつられて笑った。白の手袋を一つ外し、そこに仲権はわたしに差し出した。
「手、真っ赤だぜ」
「ん、ありがとう。仲権」
「どういたしまして」と、彼は楽しそうに、無邪気に白い歯を覗かせ笑った。その頬と鼻は赤くて、まるでトナカイみたいだとおかしく思える。仲権がさっきまで装着していた白の手袋はとても暖かい。指のところが分かれてないから、貰った調査書を鞄にしまうのに手こずったが、仲権が手伝ってくれたため問題なし。あとは……そうだな、わたしのこの心臓を打つ鼓動と、進路希望調査書をなんとかするだけだ。
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