▼ よくある日常の切れ端
先輩、と呼んでみると、李典先輩は何事かと振り向いた。
「どうしたんだ?」
なんて、むしろそれはこちらの台詞だ。日誌を終えようと、紙パックのミルクティーを飲んでいたら、いきなり教室に入ってくるのだから。あやうく吹き出しそうになった。
教室に二人きり。李典先輩は前の席に座ると、ペンを持つ私の手のひらに指を重ねてきた。日が傾きかけた頃、いつ先生が入ってくるかわからない時間だ。
「どうしたって、こちらの台詞です」
途中で恥ずかしくなって声が小さくなってしまう。俯くと李典先輩は小さく笑った。
「なに緊張してんだよ。誰も来ないって、な?」
「は、はい」
そうやって微笑まれると、安心してしまう。気を紛らすのも含め、私はまた日誌に手を伸ばした。すらすらと文字を並べる。李典先輩が見ているから、なるべく綺麗に字を書くようにした。
そこに、李典先輩はまた私と手を重ねてきた。ひた、と手が止まる。ドキドキしながら顔をゆっくりあげると、ぱっちりと目が合ってしまった。口角を上げて、自信満々な顔を浮かべている先輩。むかつくのに、かっこよくて、口をうっすらと開いたら胸の奥から笑いが込み上げてきた。
「んー、どうした」
「ふふ、なんだか先輩って面白くて」
「へぇ、面白いのか、俺?」
顔がゆっくり近づいてきて、そのまま李典先輩の鼻頭が私の頬を撫で、やがてキスを落とされる。触れるだけで、静かに離れると先輩にしっかりと視線をとらえられた。
そのまま、花びらが落ちるように、ゆるやかに触れられる。思った以上にロマンチックだと思う反面、万年発情期め、と責めてやった。
頬を手のひらで撫でられ、くすぐったさと、唇から伝わる熱から逃れようと身をよじらせる。しかし、頬を撫でていた手が私の後頭部へ滑り、しっかりと掴まれた。
正直、今の行動をやめないでと思う自分がいる。李典先輩の舌が私の頭の思考もおかしくさせるのだ。だから、こんなことを考えてしまう。
顔が離れると、李典先輩をきつく睨んだ。が、彼は笑うだけで。
「なまえってば可愛いんだから仕方ないだろ、それに、学校ってのがいいと思うぜ」
「何言ってるんですか、もう」
「お、照れてるなー?」
間延びした甘い声に耳がしびれる。
李典先輩は私の頭を撫でると、そのままおでこにキスをしてくれた。
「早くそんなもん終わらせて、帰りどっか寄り道しような」
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