10000企画 | ナノ


▼ 忍び寄る春のにおい


書庫で、郭嘉殿に頼まれた本を探していた。私は普段こんな場所に来ないし、そのせいか本の探し方さえも分からなかったせいで、やけに手間取っていた。どれも似たような言葉ばかり書かれているし、これかなと思ったらただの資料。おまけに、かれこれ十年も前に活躍してた人の説話が載っているものだった。
足をぴんと伸ばして、本棚の一番上にある本をとろうとする。微妙にとれない距離に、私は息をゆっくり吐いて、徐々に距離を敷き詰めた。本には触れているのだ。しかし、それ以上が届かない。腕が千切れんばかりに伸ばしていたけれど、とうとう諦めると、私は溜め息を落として、近くの椅子に腰掛けた。

「諦めるには早いんじゃないのか?」
「あ……李典」

声の先を見ると、上官である李典がめんどくさそうに立っていた。

「ったく、郭嘉殿も人使い荒いぜ。ほら、書物がまだ見つかってないんだろ、一緒に探すぞ」
「あ、うん」

普段よりも優しいからか、少し驚いた。いつもは出会えば口論になるし、戦闘中でも背中を任せあうことができないぐらいに、お互い自己主張が激しい。最近は、どちらが敵を倒したかについて言い争いになって、夏侯惇殿に怒られてしまった。
李典は紙切れに書かれた本の一覧と同じ題名の本をとっていく。私よりも後にきたくせに、確実に選んでいく。ふと、私は李典を無心に見つめていたことが分かり、私も目の前の仕事に目を向けた。彼をじっと見ていたことに、やけにむかついてしまった。

「今日はなんかいい予感がするんだよな、俺」と、李典は呟いた。
「また勘……? いい加減、当たらないって」
「お、賭けてみるかよ」
「もちろん」

大きく話が広がったけれども、私は李典とお酒を賭けて、その話に乗った。そうと決まれば、今日は彼を見張るしかなさそうだ。不思議と、心が疼いた。
私はもう一度、さっきの本をとろうと椅子から立ち上がった。今ならとれる気がすると思ったのだ。足のつま先を精一杯伸ばして、彼には見つからないように手を本へ近づける。あと少し、あと少しで届きそう。渾身の力をこめると、ようやく本を掴むことができた。指で本をつまみ、私は安心して一気に体を戻した。だが、そのときだった。足が崩れて、持っていた本が手からすり抜ける、本棚に体をぶつけ、ゆっくり、時が遅くなったのかと思うぐらい音もたてず、私の体が地面へ近づいていった。

「おい!」
「……り、てん……?」

一向に体が倒れなくて、私は恐る恐る目を開く。私の体は李典にしっかりと支えられていたのだった。彼の顔があまりに近くて、目を疑ってしまう。心音が一気に跳ね上がって、顔が熱くなった。彼は心配そうに私の肩を抱いていた。そして、「あ」と口を開くと、彼はむず痒そうな顔をして私の体から手を離した。

「大丈夫、か?」
「う、ん」

「ありがと」と、李典から目をそらして言った。見ることができなかったのだ。予想外の行動にか、それともよく見ると恰好よかったからか(これでは面食いではないか)、新たな一面に鼓動が早鐘を刻んでいる。

「あー、ほんと心臓に悪いぜ。いい予感がしたからよ、まさか、こんな嫌なことが起きるとは思ってなかったな」

李典は大きく溜め息を吐いて、投げやりに言い放った。

「……じゃ、私の勝ち?」
「おいおい、助けてやっただろ!」
「ん、確かに。そのお礼はまた今度、何か奢るよ。で、勝ちは勝ち。集めた本を郭嘉殿に渡すのでどう?」
「……分かった」
「やった!」

これで、私の勝敗回数に、勝利が一つ増えた。嬉しさで跳ねると、李典は見下すように笑い、落としてしまった本を拾ってくれた。渋々のくせに、やけに気を遣ってくれるのが彼のいいところだ。何事にも真面目で、私と言い争いになっても全部許して、明日には笑顔で私の元へ駆け寄ってくれる。だから、つい甘えすぎてしまうため、もっとしっかりとしなければ。

「李典って、実はいい奴なんだ」
「今さらかよ」
「少し見直した」
「惚れてくれても構わないんだぜ」

彼は茶化すように、子供みたいな笑みを浮かべて言った。手には、至ってまともな兵法書などが。それがすこしおかしくて、私は彼の頭を、背伸びしてはたいてやる。

「それはない」

そう言ったとき、内心彼の言葉に胸が疼いたのは、きっと埃っぽい書庫にいすぎたせいだ。



「おや、まさかあなたが本を届けてくれるとはね」
「そんな残念そうな顔しないでくださいよ。なまえは怪我しちゃったんで、代理なだけですから」
「怪我、か。様子でも見てこようかな。今はどうだろう、李典殿」
「あー、すみませんが一生空いてないと思いますよ」

なんたって、いい予感ってのは実はなまえと二人だけでお酒を飲めるからではないかと。いや、奢るってことはそのまま二人で……ってことでいいはずだ。一生空いてない、はさすがに言い過ぎたが、この人を近づけさせないためには良い言葉の選択をしたものだ、俺。郭嘉殿は眉を寄せ、珍しく押し黙ったが、相変わらずの微笑を浮かべると、俺が差し出した本を持って文机へ戻っていった。
俺の勝敗に一つ、勝利が増えたようだ。





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