10000企画 | ナノ


▼ そうしてこの恋は生まれたのです

風にさらわれる俺の言葉は、これまでの数を合わせると大体35回。文字数で言うなら、多分(名前抜きで)100文字は余裕に越えているだろう。「好きだ」から「一緒に甘味でもどうかな」まで、場合によっては「おはよう」といった挨拶まで気付かれていない。
そこまで俺の声は聞き取りにくいのか、と問われればそういう訳ではない。偶然にも風が強く吹くのだ。なまえは俺に目もくれず去るか、「風が強いですね」と美しい笑顔で囁いてくれる(それで満足だ)。

しかし、この関係がいつまでも続くのは、俺にとって毒だった。士元が言うにはなまえは俺のことをそこそこ好いてくれているらしい。事実、彼女は俺の横でいつも食事をしてくれるし、誰に見せる笑顔よりも、輝かしく、楽しそうに笑ってくれている(もう一度いうが、それだけで満足なのだ)。

「なまえ」
「はい」
「あの、俺は君のことが――」

――そしてまた、強く風が吹いた。




「やれやれ、あんたも本当に気の毒な男だよ」
「よしてくれ、士元。慰めが嫌味に聞こえてくるよ」

執務を終えた士元の嫌味に近い慰めを右から左へ流しながら、お茶を啜った。ぬるいお茶は程よく俺の喉の渇きを潤してくれる。
先程、なまえにした幾度目かの告白は失敗という形で終わりを迎えた。そろそろ心が折れてしまいそうだった。そのことを彼に報告すると、今の状況である。楽しそうに笑う姿が憎らしい。

「あの娘さん、元直に気があると思ったんだがねえ……、あっしにも、天候のことはどうにもできないよ」
「分かったから……。これ以上、風を嫌いになりそうなことは言わないでくれないか」

きつく士元に言うと、彼の口元を覆う布が動いたため(きっと笑ったに違いない)、溜め息を落としてお茶を一気に飲み干した。最近では、ただでさえ俺はなまえにふさわしくないと思い込んでしまっているのに、ここまで邪魔をされては本当に不釣り合いではないかと諦めてしまいそうになる。
「おや」と、士元は口を動かした。視線は格子窓を貫き、外の景色を見ているようだ。彼の視線をたどると、そこにはなまえが一人でたたずむ姿が。

「行くかい」
「も、もちろんだ」
「じゃ、あっしは書庫にこもっていようかねえ」

意外に気を使って、士元は先に部屋を出て行ってしまった。俺も続いて、部屋を後にする。急がなければ、絶好の機会を逃してしまう。早歩きで城内を歩き、庭に飛び出すと、俺はなまえがいるであろう大木の元へ向かった。


「なまえ!」
「……あ、徐庶、殿?」

大木の下で、草が揺れるのをぼうっと見ていたなまえの名前を呼ぶと、彼女は静かに振り向いた。木枯らしが吹く。こんな寒くなってきた頃に、どうして一人でいるのだろう。

「どうされましたか?」
「い、いや。その……先ほどは話の途中で逃げて、すまない」
「あぁ、そのことでしたら気になさらないでください。いつも、風が吹くと逃げてしまうでしょう」
「は、はは」

まさか、覚えてもらっているなんて。嬉しい反面、情けない。
なまえは微笑み、大木の下に腰かけた。横をぽんぽんと叩くあたり、ここに座れということだろう。わずかな距離を空けて腰かけると、なまえの優しい匂いが間近に感じて、不意に鼓動が跳ねてしまった。静かにすると、彼女の吐息さえも聞こえそうだ。

「いい天気ですね」
「そうだね」

ここで時間が止まったように、会話が途絶えた。

「……無事、何事もなく冬を迎えることが良かったです」
「こうやって平和だと、戦うとき怖気づきそうだよ」
「ふふ、分かりそうな気がします」

ふわりと、こちらを見て笑うなまえに、さらに惚れそうになる。
隣にいると安心して、このまま永遠に時間が止まればいいのに、などと夢想的なことを俺に考えさせるほど魅力的だった。そこに追い打ちをかけるかのごとく、地面に放っていた俺の手に、なまえの指先が触れ合う。果実のようにぴんと張った肌は冷たくて、俺はその指先、手を上から包みこんだ。

突然のことになまえは振り向く。今さら、言葉だけでなく行動で示せばいいことに気が付いた。

「徐庶殿……?」
「嫌なら、言ってくれ」
「……嫌、ではないです。ただ、私の手はすごく冷えていて、その……」
「大丈夫、君は俺が温めるから」
「えっ?」

なまえは顔を真っ赤にして、声を上ずらせた。どうしたものかと、なまえの頬に触れようとすると、彼女は小さく悲鳴をあげて、その場から立ち上がってしまった。

「す、すみません、帰ります!」
「えっ、あの、なまえ?」
「すみません……!」

冬の乾いた土を踏んで、なまえは去ってしまった。置いて行かれた理由は分からない。ただ、もう一度、木枯らしが吹くだけだった。

 ▽

「そりゃあ、元直、意味深に聞こえるからだよ」

すぐに士元に報告しに行くと、俺の言葉不足が原因だったと彼は笑いながら教えてくれた。恋人同士のような雰囲気から、俺が温めるという言葉はどうやら違う意味に履き違えられるらしい。そこまですっかり考えてなどいなかった。ただ俺は、いち早くなまえに想いを伝えたいだけなのに。

「もう、どうしたらいいのか分からない」
「抱きしめちまえばいいのさ、元直」
「だ、だだっ、抱きしめるなんて、俺なんかが……」
「ほら、なまえがまた来てるよ」

士元の向く先を、慌てて見る。なまえが先ほどの場所に、何事もないように来ていた。士元と向き合い、頷く。「行っておいで」とまで言われてしまえば、行かない理由がない。俺は、今度は士元に見守られながら、部屋から出た。

「なまえ、またいいかな」

今度は、木枯らしは吹くことはなかった。





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