10000企画 | ナノ


▼ まるで初恋のそれのよう

ぼんやりと空を仰いでいたら、突然視界が暗くなってしまった。なにごとか、と顔をすこし上へ向けると、そこには李典殿が腰に両手をあてて、偉そうに立っている。「李典殿」と名前を呼んでみると「なんだ」と返ってくる。

「とりあえず、一緒に寝転びませんか」




「お前が鍛錬を無断で休むのには慣れたけどよ、いい加減理由くらい言えよな」

「困るのは俺なんだぜ」と、李典殿は私の隣で大の字で寝転がる。ときどき肩に触れるのは彼の指先だった。くすぐったさを感じながら、私はぼんやりと空を見つめる。ゆっくりと流れる白い雲。世辞にも綺麗とは思えない青空。いつでも見られるという風景なのに、こういった時にだけ価値を感じてしまう。鍛錬をまだ休んでもいいこの時期の大空は、とても綺麗だ。空気も澄んでいておいしい。
「聞いてんのか?」はい、と心のなかで答える。

「寝て……ねえし」
「えっと、何の話をしてましたっけ」
「あんたと俺も、そろそろ婚姻を結んだほうがいいんじゃねえのかなって」
「えっ」
「なんだよ、その反応。嘘に決まってるだろー?」

へへ、と垂れた瞳が静かに落ちて、彼は笑った。無邪気でいて、自信満々な笑み。私は「何を言ってるんですか……」と文句を漏らしながら、脈打ったままの心臓を落ち着かせようと、深呼吸をする。そのあいだにも、ひんやりとした風が吹いていた。雲の流れが早くなっている。あぁ、もう少しで日が落ちてしまうのか。

「でもよ」
「はい」
「すこしは、考えてもいいんじゃねえかなって、思うぜ、俺」

言い終えた李典殿だったが、「ちゃんと言えよ俺!」と付け足し、頭を抱えて私に背を向けてしまった。彼の行為に、私は言葉をなくしてしまう。今、なんて言ったのだろう。そろそろ李典殿と婚姻を結ぶ、ということは。だんだんと頬が熱くなるのを感じて、私は顔をおさえて彼に背を向けた。互いに背中を向け合って恥ずかしがるだなんて、一体いくつだ、と問いたくなる。それでも李典殿の顔を見られるかと言われたら、多分だけれど、無理だ。

「李典、殿」
「……なんだ?」
「よろしく、お願いしますね」

――とうとう言ってしまった。私は頭を抱え、体を丸めたらうろたえる。李典殿からの反応はない。この沈黙がさらに羞恥心を掻き立ててしまうのだ。「あの、」私は彼に問いかけた。

「嫌、ですか」
「嫌なわけねえだろ! むしろ、嬉しいんだよ、俺」

李典殿は上半身を起こすと、私ににじり寄り、頬に手を滑らせた。
彼のあたたかい指先が頬から、首、体中へと痺れを与えてくる。「くすぐったいです」というと、李典殿は「悪い」と謝ってきた。そして、私の額にかかる髪をひと房すくう。「それに」はい、と今度は言葉に出して答えた。

「あんたが鍛錬を休む理由ができただろ?」

そう言って、私の指先にくちづけを落とす。……あぁ、確かに。納得した瞬間、私は彼に砂と雑草をかけてやった。それをまっすぐに受けた彼は小さな悲鳴を漏らしつつ、どさくさに紛れて私の身を強引に起こさせた。そのまま近づく李典殿との距離。息遣いさえも鮮明に感じとれて、私は意識を手放さないよう李典殿の首元を見つめた。
もう一度、髪をひと房つままれる。

「……あー、やっぱ駄目だ、俺!」
「はい?」
「……悪い、今は見ないでくれ」と、顔を赤くした李典殿は口元を押さえて、必死に笑いをこらえていた。

それを凝視する私。それを見つめて顔を青ざめる李典殿。
……どうやら、婚姻を結ぶにはまだ勇気が足りないらしい。




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