10000企画 | ナノ


▼ 軽率に口説き尽くして

朝からなまえが何やらたくさんの男に声をかけていると聞いた。しかも、あの李典殿から。「楽しそうにご報告いただき感謝しますよ、李典殿」と皮肉たっぷりに言ったものの、よほど彼女に誘われたことが嬉しいのか、全く聞いていない。

普段より足音をたてて廊下を歩いた。あまり早く歩くのは好きではないけれども、ことの真相をなまえから早く聞かないと気になって仕方ないのだ。
女官が挨拶をしてくる。適当に微笑み返し、まっすぐ彼女の部屋へと向かった。

「なまえ、今よろしいかな?」
「は、はい」

戸惑いがちの返事を聞き、扉を開く。
なまえが寝台に腰掛け、書物を読んでいた。乗りいるように彼女へ近付く。びくりと肩を震わせた。何のことかは分かっているようだが、いまいち自分からは言ってこない。ただ、私は郭嘉殿が一番好きだと言ってくれたらいいのに。

「なまえ、私に甘いお誘いはないのだろうか」
「お誘い、は、ないです」
「おや、では他に何か……私だけの特別な予定でも?」

書物を取り上げ、近くの机へと置いた。
そのまま視線をとらえたまま、なまえの上へ体を傾けていく。ぐっと顔が近付いた。震える唇からは何も答えがない。
痺れを切らしてしまい、なまえの頬を片手でなぞる。指先からつつ、と、触れるか触れないかの力で。

「私以外の男を誘うのは少々悪戯が過ぎると思うのだけれど?」
「……っ、それは、郭嘉殿だって」
「私が、何だって言いたいの」

見え見えの嫉妬に内心嘲笑を浮かべた。反面、そこまでの愛情を彼女に注いでいたことにも驚く。なまえは今私のことをとても怖がっていた。そのことが悲しい。なんて馬鹿なことをしたのかと。

「……ごめん、あなたとは楽しい時を一秒でも過ごしたいのに。あぁ、怖がらないでなまえ」
「いえ、私こそ……その、郭嘉殿がまた他の女性とお戯れになったことを耳にして、悲しくて、……ごめんなさい」
「はは、今までで一番嬉しい嫉妬だよ、なまえ。……ね、顔を上げて」

頬をなぞっていた手を、次は彼女の顎へそっと滑り込ませる。くすぐったそうに目を細めるなまえだが、その瞳は涙で濡れていた。そこへ口付けを落とす。長いまつ毛さえ愛しく思えた。誰にも触れさせたくないと。
いつか、離れる時がくるのは分かっているのだ。彼女の隣に私以外の男が立つこともありえるし、そのことには何も口出しをする権利はない。だからこそ、今だけは。

「あなたが他の女性全ての代わりになってくれたらいいんだよ。なまえは私だけのものだから、ね。朝も夜も、宴のときも横にいてくれるかな?」
「はい、私でよければ。……ふふ、なんだか照れちゃいます」
「そうだ、なまえが眠れるように私が添い寝をしてあげよう。優しく、朝まで」
「もう、まだ昼ですよ? 途中で寝ちゃいますって」
「それでいいんだ。あなたの寝顔を瞼に焼き付けておきたいから」

その前に、必ず手を出しそうだけれども。
なまえの上から退き、横へずれる。同じ枕に頭を預け、互いに向き合った。細い髪が彼女の顔を隠すため、そっと耳へかけてあげる。髪がとても柔らかい。そのとき触れた耳たぶも、頬も。

「棘がないから、誰でもなまえに誘われるのだろうね」
「棘、ないですか……?」
「触れたとき、なまえほど柔らかいと癒されてしまうものだよ」
「喜んでいいのでしょうか」
「もちろん」

少し意味を履き違えられているが、それでいい。今は変な弁論も、説教も聞きたくないのだ。言葉でなく行動で示してほしい。

「書物を読んでいたから疲れただろうね、今はゆっくり休んで、また夜に会おう」
「……仕事、しないと」
「また変な虫が寄って、私に嫉妬をさせるおつもりかな? あなたが誘った男たちは本気だと思っているみたいだからね」
「えっ、そんな」
「慣れないことをするものじゃないよ。……でも、私のためだと言うならありがとう、なまえ」

なまえの額に口付け、そのまま唇へ。わざと音をたてて離すと、彼女は頬をほんのりと紅潮させて、はずかしそうに私の首もとへ顔を隠す。
頭を撫でてやると、だんだんと静かになってきた。あと少し、あと少し待ったら顔を覗いてやろう。

「なまえ、おやすみ」

耳元へ囁いたが、返事はなかった。


(軽率に口説き尽くして)

結局、お互いへ辿り着いたのだ。




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