▼ どこまでも一緒にいこう
春が近づくにつれて、ただでさえのんびりとしているこの国は、それを苛烈に極めている気がする。厩へ向かえば馬超殿は愛馬と寄り添って寝ていた。庭へ休みに行けば馬岱殿にホウ統殿。関親子に関しては言うまでもなく。
今、縁側で私の膝上ですやすやと眠る彼も、見ていると眠くなってしまう人だ。
膝に広がる黒い髪。触れると想像以上に柔らかい。指どおりもふんわりとしていて、最近私の執務室へやってくる猫みたいだと思った。
「う、ん……」
「ごめん、起こしたかな」
「なまえ……」
一瞬目をうっすらと開き、また閉じる。次は横向けに体を丸め眠りにつこうとした徐庶殿は、ほんとうにかわいらしい人だ。戦場に出れば手加減ができない、と普段とは違うはっきりとした姿が見られる。しかし、献策時や食事の際は、いつもぼんやりとしていて、そこも愛しいのだけれど、うん。これ以上はのろけ話になりそうだと、胸の中で笑った。
「なまえの笑い声を聞くと安心するよ、それに膝も暖かくて、つい眠ってしまうな」
「徐庶殿、起きてたの?」
「君は思ったことを無自覚に言っちゃうからね。耳元で、その……ええと、可愛いとか言われると、恥ずかしくて」
「き、聞かれてた、なんて」
それこそ一番恥ずかしい。と、思いつつも徐庶殿を見ているとそんな感情はどこかへ行くようだ。横向けの姿勢から、彼はゆっくり体を起こすと、改めて向かい合う形になる。眠そうにとろんとした瞳が、私をとらえた。
あ、と何かを言おうとしたが言葉を飲み込む。その前に、彼が言葉を発したからだ。
「あぁ、君がいいなら、俺と横になろう」
「私何も言ってないよ、って、徐庶殿」
誰が通るかも分からない縁側で、彼は私を後ろから抱きしめながら横になる。
顔が燃えるように熱い。おまけに、腹部に腕が回っていてくすぐったいし、何より背中に顔をうずめられていて、気が気でないのだ。息をすることにさえ時間がかかる。まるで圧迫されたようだ。優しく私を抱いてくれているのに、これは些か大胆ではないかと。
そうこう考えている間に彼は穏やかに寝息をたてていることに気付いた。寝ぼけていたのだろうか。でなければ、普段のぽわわんとした徐庶殿がみんなの前で抱き締めてくるなんて、意外で、正直想像できないのだ。
もちろん頬は緩むわけで。それと同時に安心もしてきた。
陽光がぽかぽかと当たるここは絶好の睡眠場所だ。背中には大好きな人が、柔らかく、幸せそうに眠っている。瞼が重くなってきた。
「……ん、なまえ、ありがとう」
最後に耳にその言葉だけ聞こえ、私の意識は静かに遠のいていった。
目を開くと、まず上に布がかけられていることを感じた。それと、誰かの膝の上に頭を置いているのが分かる。誰かは考える間もなく、自然と言葉として出てきた。
「おはよう、徐庶殿」
「あぁ、おはよう。なまえ」
そうして、手のひらに口づけをされ、彼はそっと微笑んだ。
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