10000企画 | ナノ


▼ 愛のようなやわらかさ


ぐちゃぐちゃに泣き腫らしたなまえの目が据わっている。あまりに奇妙な顔なため賈充は鼻で笑うと、なまえはその目のまま頬を膨らまし顔を逸らした。

「可愛げのない奴だ」

実に可愛げのない。くつくつと喉を鳴らし、小動物に餌をやるような調子でなまえの頭を撫でた。そうすると穏やかになった気がする。そこがまた動物みたいだ。能天気でわがままな犬。気に障ることをすればきゃんきゃんと甲高い声をあげて泣き喚く、特に面倒くさい性格のやつだ。賈充はなまえの柔らかな髪に指をうずめて腹でその毛並みを撫でてやる。ついでに髪の一房を引っ張ると「うっ」と小憎らしい悲鳴をあげてなまえが呻いたため、鼻であしらってから反応を楽しんだ。

「何をするんですか……」

返事をせず、賈充は腕を組んで前を見るだけだった――


特に一通りのない回廊を好んで歩いていると、なまえが隠れるように泣いているのを発見した。声を噛み殺し、くぐもった泣き声が聞こえたため嫌な予感がしたが、そこにいた予想外の人物に驚いたのは見つかったなまえだけでなく賈充もだった。「あの」と困ったように眉を下げてなまえは言葉をつむごうとするのだが、いまいち出てこない。だからと言って放ってもおけず、ただ無言でなまえの話を聞くことを賈充は選んだのだった。あくまで、上官として。

副官であるなまえの悩みとはほとほと困るものだった。他の副官と比べると、自分はまともに雑務もこなせずいつも賈充に迷惑をかけてばかりだ――ということ。それに背も低く小柄ななまえは性格が控えめだ。うまく言い返すこともできなければ発散方法も知らない。他人に物を言われればかなり傷つくのだが、それをいちいち溜め込んでしまう。後者に関してはなまえを励ますかその場に立ち会って物言う相手を叱らなければどうにもならないが、前者はなまえの努力次第だと賈充は思った。
「気にするな」とも彼女の元気に働く様子と、こうしてめそめそ泣いている様子を照らし合わせると言えない。


――「本当に、可愛げのない」

口先だけで適当にあしらう。するとなまえは「二度も言わなくていいじゃないですか!」と言って、今度は嘘泣きらしく顔を覆った。黙って様子を見ていると、だんだんとうわあんと泣く声は笑いに変わり、「どうしてこんな人に遠慮をしたのですかね」とこんな人に聞いてきた。

「迷惑なんてかけていいと思いません?」
「俺の迷惑にはなるなよ」
「まんざらでもないのに、」
「よくできた女しか嫁にとらぬ」

するとなまえは言葉に詰まり、表情を強張らせた。「当たり前だろう」と付け足すとさらに青ざめた表情で賈充を見る。それがあまりにも愉快だったと賈充は口端を上げて目を細めた。

「お前、俺が好きなのか」
「すっ、す、きだなんて、そんなわけないです」
「ほう」

分かりやすい、とは思うもののなまえの言うとおりまんざらでもない自分に苦笑した。賈充はなまえの頭をわしわしと撫でて、「もう」と怒る副官をじっと見る。怖気付いたようにちぢこまるなまえを迷惑だと思ったことはない。賈充にだけずけずけ物を言う姿勢も気に入っている。

もう一度頭に手を伸ばすと、なまえは驚いたように目を丸くした。

「お前はよく頑張っている。お前らしくあれ」

ぽん、と空気を抜くように叩いてやるとなまえは顔を真っ赤にして俯いてしまった。その場から立ち去ろうとする賈充、呼び止めたのはなまえだった。不思議といい予感がした。遠くから誰かが近寄る音がする。足音が近寄ってくる。賈充はなまえの放った言葉を鼻であしらい、「上出来だ」と言って逃げようとするなまえを引き止めた。




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