10000企画 | ナノ


▼ ひとつ知るたび好きになってく

「賈クはね、あれでも女性には一途なんだよ」と、郭嘉殿から情報をいただき、おまけに「今も恋い慕う女性がいるようだ」と聞いたため、私は一人で調査に乗り出していた。賈ク殿を常に見張り、視線の先にいる女性を見つけようとする作戦。その女性に何か手出しをするわけでもなく、賈ク殿を恋い慕う一人の女としての参考だ。たとえば、髪は長い人が好きかもしれない。おしとやかな人か、男勝りな人か。私は見た目こそ彼好みか分からなくても、賈ク殿と喋る方だと思う。

「おーい、なまえ」

と、このように目が会えば会話を交わすほどだ。「どうしました?」なんて、緊張しているのを察されないように、冷静に答える。賈ク殿はすこし間を置いて、「いや、なんでもない」と残し、廊の向こうへ歩いていった。……前言撤回、私と賈ク殿は喋らない方かもしれない。

そうして賈ク殿を調査して夕暮れ時となった。正直、もうやりたくない。ほとんど、誰かと会話をする以外では何も見ていない。ただ前だけ見て歩いている。可愛らしい女官に拱手されても無視か、手をひらひら振るだけ。それに、美女と名高い豪族の娘が殿の元に訪れたというのに、護衛についていた郭嘉殿曰く、同時に立ち会った賈ク殿は一切彼女に目移りをしていなかったという。なんとまあ、聞いたとき思わず驚いてしまった。

一応今も賈ク殿を見ているのに、なかなか終わりが見えないというか。……あ、欠伸した。
そう思った矢先、賈ク殿はあづまやから抜けて、そのまま縁側を渡り歩き、宮内へ戻って行ってしまった。私はそれについていく。あくまで見つからないように。あ、また欠伸。

「……って、部屋に戻っちゃった」

どうしよう。実は部屋に女性をとじこめてて、なわけないか。賈ク殿ってそんな度胸がない気がする。とりあえず扉の前でたっているのも失礼かと思い、私は本日の調査をやめようとした。
その時だった。突然扉が開き、伸びてきた手は私の手首を強引に掴み取るのだった。

「って、わ、えぇっ?」

そのまま室内に(強制的に)招かれ、賈ク殿は私と知ってか知らずか、壁に身体を押し付けて首元に短刀を突き立てた。

「か、賈ク殿っ、私です!」
「なまえ……!」

名前を言うと彼は私から離れ、しずかに刀を懐へしまいこんだ。背筋がぞっとするような体験だった。いまだ見開いた瞳で彼を見てしまっている。賈ク殿の誤解とは知っているのに。彼に身を離されたあとでも、やはり少しばかり恐ろしかった。

「すまない、あんただったとはね」
「い、いえ、気にしないでください……」
「本当に、悪かった」

懇願するような賈ク殿の謝罪に、そんなことないですよ、と何度も首を振った。もしかして、という気持ちがあったからだ。もしかして賈ク殿がここまで厳重に注意をしているのは、朝からつけられていたからではないか。私に。

「あの、朝から何かあったんですか?」

なるべく他人事のように訊いてみる。

「あぁ、朝から誰かにつけられてるみたいでね」

それを同じ他人事のように賈ク殿は答えた。内心ぎょっとした。早く言わなくてはいけないのでは?
私が賈ク殿をつけまわしていたこと。行ける範囲ならどこまででも。恐る恐る賈ク殿の名前を呼ぶと、彼は「ん?」と答えた。

「朝から賈ク殿につきまくっていた正体、私なんです……」

まさかそこまで警戒されるとは思ってもみなかった。失礼にも賈ク殿は常に気楽で、つきまとってくる人の一人や二人気にしなさそうな印象があった。

「なるほど、あんただったのかい。しかしまた、何だってこの俺を?」

「楽しくもないだろう」と賈ク殿は苦笑を浮かべて、壁に一向にもたれる私を見た。呆れるか、怒るかすると思っていたからこそ、予想外の反応であった。

「それには少し理由がありまして……」

口元をどもらせて、答えた。できれば、賈ク殿の想い人を探っていたこととは、一切関係のないように説明しなければ。もう一度「なるほど」と、彼は肩をすくませる。

「その理由を伺っても?」

思った通りの言葉が返ってきたところで、返す言葉は備えていない。そのために何度か詰まってしまった。どう説明をしようか。賈ク殿のことは、きっと本人が一番よく知っている。

「……え、ええと、賈ク殿の頭が気になって」
「あははあ、頭かい」
「は、はい! そうなんです、賈ク殿の頭……」

適当に、まじまじと賈ク殿の頭を見つめる振りをする。笑えているはずだ。よく彼のとぼけた発言に無理して笑っているから、こういうことには慣れている。あははとか誤魔化しながら彼を見つめ返す。なんだその顔、疑っているのか。

「怪しいな」「そ、そんなこと」

むしろ賈ク殿の情報を知ってる郭嘉殿や、軍師のくせに他の人より動きのいいあなたの方が、よほど怪しい。私なんか全然、ちっぽけなものだ。

「……ま、いいさ。しかし、なまえが俺を追いかける理由が気に入らんね」
「どうしてですか?」

訊いてみると、賈ク殿は肩をすくませた。

「そりゃあ、俺としてみれば好きな人に付きまとわれるのも、悪くないだろう?」
「えっ」
「あははあ、引っかかったな。朝から俺を悩ませた罰だ」
「も、もう!」

それにしても、なんて、なんて核心をつくような罰だ。一瞬といえど、とんでもないくらい心臓が跳ねてしまった。もう一度言われてみたいなあ、なんて思ってもしまった。

「ま、たいがい嘘じゃないよ」
「えぇ?」
「俺は意地悪な男だから、信じるかはなまえ次第だがね」
「……信じたらどうするんですか」

例えば、抱擁とか囁きをしてくれるのか。
期待を滲ませつつ、彼からの言葉を待った。「うーん」など言葉を濁らせて期待させたまま放置をするあたり、彼は本当に意地が悪い。なんて言うか決まっているのに。その言葉を知らないのは、私だけだ。

「あんたが、もう視線を感じなくなるんじゃないかね」

それだけ言って、賈ク殿は私を無理やり部屋から退室させた。彼の言葉を理解をするのに、多少の時間がかかった。何せ、朝から声をかけられたのも、日頃から喋るのも、まるでそれは賈ク殿からの訴えに思えてきたからだ。

「……まさか」

賈ク殿はこの扉の向こうでどうしているのだろう。笑っている気もする。けど、何ら変わらない表情で執務に取り掛かってそうだ。
私にだけもやもやとした気持ちを残すのは、やはりあの人は底意地が悪いからだ。




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