10000企画 | ナノ


▼ きみが触れれば熱が咲く

諸葛亮さまの執務室へ足を運び、任されたのは大量の執務。これを終えたら、次は関兄妹と週に一度の談話を交わすことになっている。廊下を何度も行き来し、気が付けば私の息はあがっていた。

一度手を休めようと、息を整えて天井を見上げる。
天井にさえも描かれる幾何学模様に、酔いそうになった。ぶんぶんと首を振り、目を閉じる。眠くはないが、肩からすべての疲れが抜ける感じが全身をかけめぐった。
疲れが吹き抜ける感覚を味わっていたら、とんとんと扉が叩かれる。きっと竹簡を回収しに来た姜維さまだろうと適当に返事をした。そこにいたのは、姜維さまではないことも知らずに。

「なまえ殿、書簡を回収に参りました」
「あー、そこに置いてます」
「……」

(あれ、姜維さまってこんな声だっけ)

ぱちりと目を開き、顔を前へ向ける。
そこにいたのは姜維さまではない。つう、と冷や汗が背に伝った気がした。

「ば、馬岱さま!」

名前を呼ぶと、鼻歌交じりに竹簡をあさる馬岱さんがこちらを振り返る。
白い歯をのぞかせ、満面の笑みを浮かべた。眩しいほどの笑顔がきらきらとしている。竹簡を置くと、彼は私のほうへ歩み寄った。

「少し働きすぎだよ、なまえ。もう君だけの身体じゃないんだからね」
「何を言ってるんですか、馬岱さまってば」

後ろから私の首に腕を回し、髪に頭をうずめてくるため、とりあえず手は払う。
すんすんと髪の匂いを嗅がれても、恥ずかしいだけで。鼻頭が首にあたってくすぐったい。手を払われた馬岱さんは、次は机に無造作に放り出される私の手のひらに、自分の手を重ねた。思った以上に暖かくて、不意に、胸が高鳴る。何か言葉を放とうにも、思考が止まってしまった。

「仕事、手伝うよ。君の苦労を俺にも分けてほしいからさ」
「そんな、馬岱さんの手を煩わせるほどでは……」
「遠慮はなし! さ、ちゃっちゃと終わらせちゃって、二人だけでゆっくり過ごそうよ」
「私約束が、」
「うーん、それね、俺が断っちゃった。あっ、ちょい待ち、明日に回しただけだから安心してよ?」

何か言おうとすれば馬岱さんに止められる。確かに仕事後の談話は時間がないから疲れたままだけれど、けっこう楽しみにしていたのは事実だ。どうしよう、と不安になる。それなのに馬岱さんは私の方を気にも留めず、着々と仕事を手伝おうと準備をし始めているのだ。机を挟んで、私の前に椅子を置く。そこに座ると、馬岱さんはまだ真っ白の竹簡を文机に広げ、筆をとった。
筆を持つのが様になっているなあ、なんて思ったが、今はどうでもいい。

「あの、突然どうしたんですか! 馬岱さんってば、さっきから少し強引です」
「強引だったならそれでいいんだ。なまえ、自分が思ってる以上に疲労を溜めてる顔してるからね。俺、見てらんないよ」

筆に墨をじっくりと染み込ませる。

「馬岱さ、」
「それに、君と最近会えてないから寂しかったんだよ。俺の気持ちわかってるよね?」

私の心臓にも、その真摯な眼差しがじわりと、ぐちゃぐちゃに掻きまわされたように沁みていく。こうやって、時々低く語る馬岱さんは卑怯だ。私のことはわかってる、というくせに、自分のことはちっとも分かっていない。
馬岱さんは悲しそうに笑みを作る。また、また言葉に詰まった。
彼は筆を置く。腕が伸びてきた。腰を少し浮かせ、馬岱さんは私の頬に触れると、そっと囁くのだ。

「君の時間が欲しい」

筆で何かを描くように、爽快に颯爽と言う。
気付けば顔が真っ赤になってしまって、彼の名前をきつく呼ぶと、馬岱さんは大きく笑って私の頬に口づけをした。

「冗談かは、これからの俺に期待しててね」
「期待なんてしません、から!」

一瞬期待したけど、してないものはしてない。
馬岱さんはまた筆を持つと、何も書かれていない紙に墨を滲ませた。
私の目には、これから彼の姿が映り、その場その時の様子を瞼に焼き付けるのかと思うと、頬がほころんでしまったのは彼には言えない。








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