▼ 二人一緒に溶けてなくなれますように
二人で同じ寝台の上で目を覚ました。
熱い、と言って李典殿が布団を払いのけ、言葉とは裏腹に私を抱き締める。起きているのに、寝ている振りをするのは緊張をした。でも、このまま何をされるのかと思ったところで、意外と李典殿はそれ以上は何もしてこなかった。自惚れというのか。すこし、恥ずかしい。
「……おはようございます、李典殿」
「……おはよう」
小声で「起きてたのか」と囁くように言って、私の頭を撫でた。頷くと、さらにきつく私の体を抱き締め、「幸せだなあ、俺」とだらしない笑みを浮かべる。そんなことをさらりと言われて、私も幸せだと思ってしまう。
「そろそろ起きないと」
「まだ大丈夫だって」
「于禁殿との約束があるんです」
「……あー、そりゃまずいな」
李典殿が私を解放し、額に口付けを残して「頑張れ」と言った。私はのろのろと寝台から出た。ついでに朝の支度を済ませておけばいいのに、とは思ったけれど、李典殿は最近かなりお疲れのようだから言葉を流した。
「なあ、于禁殿と同じ呼び方ってのが気に入らないんだけど? 俺」
「……」
「なまえ」
着崩れた衣服を整え、李典殿も寝台から立ち上がった。どうやら私を手招きしている。私は一度は俯き悩んだが、その手の内に導かれてしまった。すっぽりとはまる感覚。彼がしずかに私の腰を撫でて、その手のひらがわずかに暖かいことがわかる。いつか幸福に身を焦がしてしまいそうだ。
「曼成、殿?」
「いいな、それ」
「でも個人的には様がいいな、って、何言ってんだ、俺」と口元を抑えながら李典殿は嬉しそうに笑った。そのまま私の頬を両手で包み、額から目尻、そして唇へ口付けをした。それで終わるのかと思えば、李典殿の手は私の衣服へ忍び込もうとし、急いで阻止をした隙に彼の接吻は激しいものとなった。
必死に抵抗をしようとしても力の差は敵わず、ぐるぐると私の腰元を回る手付きに、頭の思考は溶けていく。
「李典、殿っ……!」
しまった、と言ったが遅し。李典殿はさみしそうに笑って、もう一度接吻をするのだった。
そろそろ息が続かなくなっている。だらしなく涎がこぼれ、拭う暇もないほどに李典殿は行為をやめてくれない。
「はっ……曼成、殿、」
彼にもたれかけたとき、「大丈夫か」と優しい声をかけられ複雑な気分になった。口元をぬぐい、顔を上げる。李典殿は私の目元ににじむ涙を見て「悪い」と謝った。
「于禁殿のとこ、行くんだろ」
「……はい」
「絶対行かなきゃ駄目なのか?」
先ほどまでの行為もあって、うまく言葉が出ない。普段通りに声をかける勇気もなかった。
「もう少しで約束の時間、ですから。部下の成長が著しくないそうです」
けれど、李典殿の手が私の心の内も知らず、頬へと滑った。親指で輪郭をなぞられるたび、心のつっかえが薄らんでいく。
「けどよ、なんでなまえに言うんだろうな。俺との関係だって、知ってるんだろ」
「昔からよく相談をし合っているからでしょうか?」
冗談ごとみたいに言うと、李典殿は「悔しいな」と笑った。李典殿の方が先に知り合ったのに何を悔しいのだろう。私も彼の頬を撫でながら、そう思った。
「なあ、遅れてもいいんじゃないか」
「そんな、夏侯惇殿の前で曹操様の悪口を言うようなものですよ」
「……そうだな、じゃあ、仕方ないか」
「それを狙ってたんだけどな」と、心底悔しそうに言う李典殿を、私は笑って済ました。可愛らしい彼の嫉妬心だ。ただ、遅れたら于禁殿からの信頼をなくしてしまうようなものだ。
李典殿に見送られ、私は彼の室から飛び出た。気付けば時間が迫っていた。
「曼成殿、ありがとう」
そう残すと、やはり李典殿は幸せそうに目尻を下げるのだった。
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