10000企画 | ナノ


▼ あなたの無垢を剥がす

どこで覚えた撫で方か、という質問は考えるまでもなく分かることだった。
やらしい手つきで太ももをまさぐる彼のことだ、映像を見たというより実践をしたことで覚えたのだろう。たくさんの女性を触った手、と思い、まるで嫉妬みたいだと苦笑を浮かべた。どうして今さらいくつも年上の女を抱こうとしているのかと、疑問さえも浮かんでしまう。生徒である郭嘉さんは一向に手を止める気配はない。
目が眩んでしまいそうになるシチュエーションのきっかけは、私の不注意が原因であった。自習の時間、体調が悪いと訴えかけてきた郭嘉さんに簡単についていったこと。彼の恋愛沙汰による噂は教師である私の耳にも痛いほど届いていた。被害者本人にも相談を受けたことがあるほどだ。その時は何だったか、――郭嘉さんに遊ばれた、とか。高校生の恋愛にあまり口出しはしたくないが、さすがに相談は解決するためにある。そう思った私は一度だけ注意をしたことがあった。郭嘉さんはふわりと微笑んで、「すみません」と誤っただけだった。

……と、ここまで男女二人にすると危険な人ランキングに、余裕で一位へと並ぶような人とふたりっきりになってしまったことが間違いなのであった。鍵を閉められ、そのあとはベッドに運ばれるだけ。

「抵抗するのには飽きた、というところですね」
「いや、いつ抗おうかと。本気でやめてほしいと思ってます」

職業的にも、と付け足しておく。ふむ、と他人事のような息を適当に落とした郭嘉さんは、ひやりと冷たい指先を膝裏に這わせた。冷たい。反射的に目を閉じると、愉快そうに笑ってしまった。
きつく睨んだところで、彼に一ミリものダメージが与えられない。それがは痒くて、いっそここで大声をあげてしまおうかと頭を悩ませた。意思さえも問わず強引に行為へ及ぶのは、誰であろうと嬉しくもない。

「あの……!」

細い手首を掴むと、不意に、視界に彼の官能的な表情が一杯に映った。そのまま覆いかぶさってきたのだ。ぬくもりが近くなる。沈んでいくような。落ちていくような感覚。手首を掴む力が自然とゆるまった。
その隙に近づいてきたのは、郭嘉さんの顔だった。一度唇は、きつく結ばれたまぶたに、目尻に、頬を滑って唇へと誘われる。触れてしまえば、怖いものなどない。貪欲にむさぼる唇の合間に紡がれる吐息の音に、心が張り裂けそうだった。

「んっ、郭嘉さん……!」
「さん、とはよそよそしいものだね」

と、余裕の笑みをこぼして、もう一度口付けを交わす。圧倒的な罪悪感が私の中でせめぎ合っていた。今すぐ逃げろ、と。ドアは閉まっているのだから大丈夫だ、と。けれど、そんな思想よりも確かな確信が私の心にはあった。多分、郭嘉さんに出会った時点で教師という立場を捨てなければならなかったのだと。私は郭嘉さんの背中に腕を回した。彼の腕に抱かれた女性は、私と同じ考えをしたに違いない。

「その反応は、了承ということでよろしいね?」
「……い、いえ、やっぱり駄目です」と、あくまで教師として叱責。
「おや、まだ抵抗を」

郭嘉さんは耳に髪をかけて、私に視線を投げかけてくる。今なら彼を押しのけて逃げられる。思い至った私は郭嘉さんの腕を押して、するりと包囲から抜けようとした。

「……随分と強情なお方だ、あなたは」

しかし、両手さえも縛られてしまったのは不覚だと思う。情けない。威厳もなければ、こうして教え子に敷かれるだなんて。郭嘉さんは今までとは打って変わった表情で、私を見下げていた。

「本心を隠すのは、いただけないね」

駄目だ、郭嘉さんの言葉に耳を傾けてはいけない。生徒の泣き顔を思い出す。あの子は彼に捨てられた女の子だ。私もきっとそうなる。惨めながら、郭嘉さんに抱かれた日々を思い出して生きていくのだ。

「先生のこと、結構気になっていたんですよ」
「そうですね、……私の心を占領するくらいには」

続けて語る郭嘉さんは、首筋に唇を滑らせる。

「それ、は、嘘でしょう、どうせ……」

熱い息が上へ這い上がり、やがて耳元へあたる。

「どうせ、に賭けるおつもりで?」

私はそのささやきに息を飲み込んだ。詐欺師のようにうまく心を操り、うまいように私たちを操ってくる。既に返す言葉は決まっていた。そして、この先どうなるかも、どうせ、という一心で想像をした。

郭嘉さんは、そのどうせを壊してくれる人なのだ。太ももを撫でられる。ベッドが軋む。チャイムが鳴り響いても、彼を止める人はどこにもいない。




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