10000企画 | ナノ


▼ まもられるのは体だけで

戦場に蔓延する戦火の匂いは既に薄れてきていた。撤退していく賊らを見つめながら、傍らにいる護衛武将の一人、楽進が「帰りましょう」と言って私より前へ歩き出す。
思った以上に手強い賊、しかしそれも二人がいたら安心であった。数は圧倒的不利だが、経験と団結はこちらが上である。

「そうだね」

と、彼の後ろに続いた。しかし、どうしてか李典はついてこない。振り向くと、何やら不満そうに私たちを見ている。

「どうしたの、李典」
「いやー、……ほんと、くだらないって思うかもしれねえけど、たまには俺がなまえの前を守りたいなって」
「李典殿?」
「あー、なんでもない。聞くな!」

彼の元へみんな集まったものの、私と楽進の間をずかずかと通り抜けてしまった。互いに目を見やり、肩を竦ませる。

一度李典は私の前を護衛したことがあるのだ。そのときは今ほど楽な戦闘をしておらず、帰路を辿る際に命を狙われたのだった。

身長、というのが原因でもある。その日、背後から放たれた矢は楽進の頭をかすむことなく、私の背中を射抜きそうになったのだ。楽進に当たっても、そんな笑い事でもないけれども。結局私がその場で転んで、髪の毛をほんの数本射抜かれただけで終わった。

生きていたから笑える出来事だ。

「李典殿、今日はなまえ殿の前を護衛してください!」
「い、いや、大丈夫だって!」
「ほら、楽進もそう言ってるから」
「だーっもう、分かったから離せって!」

李典の両腕を二人で掴む。きっと楽進が力強く握ったのだろう。確実に私の耳にはみしみしと骨が軋む音が聞こえた。
彼に握られていた方の腕をさすりながら、李典は私の前を歩く。歩くたびなびく彼の襟巻きが可愛らしい。掴んでしまえば、きっと彼の首を締めるのだろうけど。あ、駄目だ、締めたくなった。

「……嫌な予感は消えたな」
「李典? どうし、」
「危ない!」
「えっ?」

李典が何を言ったのかと聞く前に、楽進は私を突然横へ押す。なずかまま体が地面とぶつかりそうになったが、その体を李典が支えてくれた。引き寄せられた態勢だが、急いで視線だけで楽進の安否を確かめる。
矢が真っ二つに折られていた。どこからか矢が飛んできたのを、楽進が斬ったようだ。

「すみません、逃げられてしまいました」
「気にしないで楽進、それにありがとう……。でも、大丈夫? 怪我はしてない?」
「はい!」

良かった、と胸をなで下ろすと、頭の上から李典も同じように息を吐いていた。

「はー、ひやっとしたぜ、俺」
「あっ、ごめん」

李典に支えられたままの体を起こし、一礼する。彼は少し残念そうに頭を掻いていた。なんだその顔は。唇をつんと出している。
そんな李典に並び、楽進は口を開いた。

「李典殿、ずるいです」
「馬鹿、楽進には早えよ」
「はいはい、帰るから」

聞いていられず、二人より先に歩く。歩いた直後、やけに静かになったなと思い、後ろを振り向こうとした。ふと、左右に暑苦しい影ができたのを見て、隣を一瞥する。見ずとも分かるが。
李典と楽進に、挟まれていたのだ。私たちの前にできる影はあまりにもでこぼこだった。少し早く歩くと、二人もついてくる。確かに左右を固めていれば安全かもしれないけれども。

「てか、俺たち護衛してんのに危機感無さすぎだろ」
「はっ、確かに」
「今更だね」

「私だけ気付かず申し訳ないです」なんて楽進は謝ってきた。謝るほどのことではないけど、さっき馬鹿を言った罰としてあえて何も言ってあげない。
もう、誰かが命を晒し出す真似は懲り懲りだ。などと戦場に赴く私が考えてみる。

「まー、二人並んだ途端いい予感がするんだな、これがよ」
「そうなの?」
「李典殿の勘は当たりますからね。それにしても、なまえ殿を二人で満喫できる方法があったなんて驚きです!」
「楽進……」

その笑顔はとても眩しい。だからこそ見ていられない。喋ってもおかしなことを言うし、なんだか李典がまともな人間に見えてきた。
ちらりと彼の方を見ると、李典は私と目が合って、それはもう嬉しそうにはにかんだ。

駄目だ、こっちも有害。





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