10000企画 | ナノ


▼ 甘やかに自嘲

初めて声をかけられたのは、幸か不幸か一人で木の枝を切っていたときだ。あまりにも突然声をかけてくるものだから(それに顔が物凄く整っている)驚いてしまい、私は、がり、と枝を刃先で削ってしまったのを覚えている。
あの人は、ひらひらと木の下で手を振って、妖しく微笑んでいた。よりにもよって、初対面の私は木に登って枝を切るというはしたない格好。どうして今声をかけてきたのか疑問だった。

私は庭師として、それはそれは豪華な庭の手入れを任されていた。趣味で家の周りに咲き誇る草花を、もっと美しく飾れないかと思ってやりはじめた庭の手入れが、まさか一国の都にある城の庭にまで任されるほどの仕事となるとは思っていなかったのだ。

今では鍛錬に疲れた将兵らの悩み相談まで受け持っていて、自分で言うのもなんだが、充実している。初めて会ったあの人ーー郭嘉さんも実は知っていた。歳が近い文姫さんや、美しさの本質を極める張コウさんがよく話していた。張コウさんは、郭嘉さんはとても頭が良く、おまけに容姿端麗などと、ベタ褒め。文姫さんも同じように、感性が豊かな人だと。しかし、二人は口を揃えて、ときどき言葉を詰まらせていた。

今なら、分かる。

「うん、この花はとてもあなたに似合う。おや、これもどうかな。……うん、いいね」
「あ、の」

庭の手入れを終え、城内にある池を見つめながらお茶を飲んでいた。この城に住まわせてもらっているだけでも感謝しきれないのに、
曹操様といえば「お主の手で築いた庭よ、好きにせい」と、寛大な心でお茶を飲むことを許してくれたのだ。
仕事の疲れを癒すこの一杯を、時の流れを感じながら味わう。それなのに、最近は郭嘉さんが邪魔をしにやって来るのだ。

いくつか無断で摘んできたお花を、一輪ずつ私の髪に刺していく。香り袋を胸に忍ばせているから、彼が花を髪に刺すたび、いい香りだね、と褒めてくれた。
彼の腕が私の顔の横をかすめるたび、ふんわりといい香りがする。甘くて、魅了する香り。郭嘉さんのようだ、と思う反面、彼の行動に毎回驚かされる。

「あの、花を摘まれるのはよろしいんですが、ご自分の部屋に飾られたらどうですか?」
「私の執務室は花がなくとも、常に甘い香りに包まれてるからね」
「はあ、そうですか。でも、ここの庭だけでも大変なのに、私の部屋の手入れまでするのはちょっと……」
「おや、あなたは、渡した花をすべて手入れしているのかな?」
「はい」

私たちは池を見ながら、屋根付きの憩い場の椅子に腰掛けていた。郭嘉さんはすべて花を刺し終えると、さも満足げに一つにまとめて……どうやら、今回は自分で後処理をするようだ。珍しい。

「なまえが困っているなら、やめようと思ったからね」
「なんだか、雨が降りそうです」

郭嘉さんは、心外だな、と肩を竦ませた。全然そうには見えない。むしろ喜んでいる気がした。


 * * *


郭嘉さんは後日、庭の手入れをする私の元へ足を運ばせてきた。今度は昨日よりもたくさんの花を持って。休憩に入ると、私たちは憩い場で茶を飲んでいた。茶をすする私の横で、郭嘉さんは一本ずつ花を髪に刺してくる。赤の花は似合わないらしい、郭嘉さん曰く、私には白の花が似合うようだ。
少し、嬉しい。

「あれ、また持って帰られるんですか?」
「もちろん。花もなかなか良いことに気付いたからね」
「たしかに、女性は花束を貰うと嬉しいものですから」
「おや、違うのだけれど……」

郭嘉さんは、花を腕に抱えて立ち上がった。

「でも、それもいいね。……なまえ、これを私の部屋に飾りたいから、今から執務室に来ていただいてもよろしいかな?」
「よ、よろしいのですか……?」

あの日、文姫さんと張コウさんが口をどもらせた理由。今まで数え切れない女性が彼の邸はもちろん、執務室にまで入っていくところを、何度も見かけたからだ。不安そうに郭嘉さんをみると、彼は静かに頷いた。

「怖がらないで、なまえ。いろいろと、手入れをするだけだから」
「……そうですよね。はい、分かりました。今から行きます」

椅子から立ち上がり、彼の後ろへ並んだ。
郭嘉さんは、とても嬉しそうに微笑んでいた。それほどまでに花の手入れをしてもらいたかったのか。もしかしたら、彼もたまには女性ではなく花に興味を抱くかもしれない。そうだ、私がそのきっかけになれば良いのだ。

よし、と笑うと、郭嘉さんは私の肩を引いて、城内へ入って行った。初めて郭嘉さんと横に並んで歩いたのだ。きっと、彼の横に並ぶ女性はたくさんいたのだろうけど、それでも女性にとっては特別になりそうだ。横顔を一瞥しただけで、郭嘉さんがどれだけ端正な面立ちか分かる。

「さて、入って」

案内し、私はそれに続いた。本当に、花以外は必要なものしかない部屋だった。書物は多いが、それの他は何があるのか。しかし、この執務室に漂う異常な甘い香りは、少々鼻に厳しい。

「あそこにある花なのだけれど、色が混ざってどうも統一感がない。だから、あなたに目の保養になるほどの統一感を出してもらおうと思ってね。……なまえ?」
「あっ、はい」
「どうされたのかな?」

部屋の入口付近で呆然と立ち尽くす私の元へ歩み寄る。歩み寄って、そのまま慣れた手つきで腰を抱き寄せた。

「……何をしてるんです?」
「二人きりなのだから、ね」

体を後ずらせるものの、動けず。逆に腰がどんどん逆方向に曲がって、気付けば郭嘉さんに体を支えられるようになった。
これでは態勢が保てない。それに気付いてか、郭嘉さんは私の腰から背中へ手を回す。
おかげで態勢は楽になったものの、それでも彼と近い距離だということには変わりない。

「離して、ください」

遊びで誰かと付き合いたくなかった。だから私は、はっきり言った。きっと、彼もまた遊びなのだろうと。

「遊びでこのようなことをするのは、その、頂けませんから……」
「遊び、だと思っておいでかな」

その問いかけには返事ができない。郭嘉さんだって、本気で人を愛することがあるだろう。でもそれが自分という訳がない。何しろ、庭師だ。

「肯定ということでよろしいね。……それなら、仕方ない。また今度」
「……何をしようとしてたんですか」
「手入れだけれど」
「花のですよね?」

郭嘉さんは黙ってしまった。相変わらずの笑みを浮かべて。少し怖く思って、彼から一歩引いた。やがて、出入りするためにある扉に背中がぶつかる。

「なまえ、こっちにおいで。大丈夫、手は出さないから」
「……本当に?」
「もちろん。無理に女性と戯れる趣味はない、それはわかるだろう?」

そう言われると、確かにそうだ。郭嘉さんは来るもの拒まず、去る者追わずな印象がある。少し、ほんの少し安心して彼に近寄った。差し出された手をとると、それからは、普通に花の手入れをさせてもらった。


***


私は今日も庭を綺麗にする。そこに、また郭嘉さんはやってきて、私にありきたりの言葉を囁いてくる。たまには庭の手入れ以外に熱中するのも良いのかもしれない。そう思わせるようにさせたのは、きっと、彼のせいだ。

「なまえ、今日はお暇かな?」





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