10000企画 | ナノ


▼ たおやかな未知へ

一目見たとき、なんて綺麗なお人なのだと思った。長い睫毛に、漆黒の艶やかな長い髪は風になびいて輝かしい。私は女性の美しさを表現するのは苦手(そもそも表現した覚えがない)なのだが、それでも、すぐに彼女は特別だとわかった。

「あの姫さん、いいとこの嬢さんらしいなー……」と、李典殿はどうでも良さそうに言い捨てた。

「楽進?」
「……はっ、はい」
「おいおい、一目惚れかよ。応援したいけど複雑だぜ、俺」
「一目惚れなど……! 私なんかが、あの方の隣に立てるわけありません……」

これは本心からだった。
街を歩く、なまえ殿は近づき難い存在なのだ。よほどの奇跡がないと、触れることさえできない。

しかし、もし奇跡が起きたらどうするか。



「楽進殿……!」
「なまえ殿、お待たせしました!」

許昌に構える城の門をくぐり抜けると、すぐに街がある。その街からもっと歩いたところーー外れにある村に、山賊の情報が集まってきていた。「楽進殿だけで良いだろう」と郭嘉殿が判断し、曹操殿がそれを決断すると、私はその山賊討伐に向かわされたのだった。なんと偶然か、街で鮮やかな着物に身を包んでいたなまえ殿は、この村出身の豪族の娘だったのだ。

「外は寒いですし、中に入りましょう」
「はい。……あの、少し寄ってもよろしいでしょうか?」
「も、もちろんです」

そして今、村で大々的に開かれる宴会に私も呼ばれていた。酒も貰ったところで、生まれて初めてなまえ殿と会話を交わした。見た目通りの柔らかく穏やかな声。物腰は筆で描き出す線のようになめらかに滑り、乱れもない。
すっかり、なまえ殿に一目惚れをしてしまっていた。

「あなたのような優しいお方が武人にいらっしゃるなんて、意外でした」と、彼女は客室の格子窓から賑わう宴会の様子を見つめて、囁いた。

「どうしてですか?」

手配された寝台に腰掛け、問う。

「……その、気を悪くなされたら申し訳ありません。私、少々武人にはあまり良い印象がなくて」
「はは、仕方のないことです。私も文官あがりでしたが、その時は武官なんて力で示すような人ばかりだと思ったことがありますから」
「そうなのですか?」

なまえ殿は目を丸くして振り向いた。部屋の至る所に置かれた蝋燭のおかげで、よく見える。彼女は驚き、私の方へ歩み寄ってきた。

「今はとても良い人ばかりだと思っていますが……。それにしても、なまえ殿に武官のことを良く思ってもらえるきっかけに、私などがなれて恐縮です」
「そんな、私などと言わないでください」

私の頬に触れながら、隣に腰掛ける。間近でみるなまえ殿の柔らかい髪に、包容力のある声に、困惑した。は、と息を吐いて、そっと彼女の頬に触れる。

「楽進殿は、素晴らしい人です。ーーそして、一目惚れのお方」
「なまえ、殿」

導き合うように、なまえ殿の唇に口付けた。確かな熱のもつそこは一度私を受け入れると、どんどん深いものにしていく。
自分よりも小さい幼子のような体に触れ、衣服に手をかけた。いざなまえ殿の白い肌が見え隠れすると、どうしたらいいか分からない。これ以上触れてもいいのか。それでも、なまえ殿は口付けをやめようとすると淋しそうな顔をしてくるものだから。
透き通る肌に指を滑らせると、彼女は熱い吐息を漏らす。

「なまえ、殿……」
「大丈夫、大丈夫ですから……」
「ですが、泣くほどでしたら今からでも」

自分の身の下で涙を落とすなまえ殿は、嫌がっているのかどうなのか。

「違います、私は嬉しいのです……。だって、あなたを街で一目見たときから、なんて優しい瞳の持ち主なのだと毎日想っておりましたから」
「あなたも街で、私を知って……?」
「もしかして、楽進殿もですか?」
「はいっ……!」

あまりの嬉しさになまえ殿に口付けると、くすくすと笑みを浮かべてしまった。吸い込むような弾力的な肌に唇を滑らせながら、触れる鼻頭がくすぐったいらしくなまえ殿は先ほどから笑ってしまっていた。

「私、とても嬉しいです……」
「なまえ殿だけではありません、私も、嬉しくて調子に乗ってしまいそうですから」
「ふふ、もう乗っているのでは?」
「そうでしょうか? すみません……」

首筋に顔をうずめ、彼女の髪の匂いを堪能する。いつも城で会話をするのは、李典殿や張遼殿ばかりのせいか、あまりにも違和感を感じた。それをなまえ殿に言うと、満足そうに微笑んでいた。



***


目を開くと、光に満ちた部屋全体が視界いっぱいに映り込んだ。傍らに、私の腕に絡みつく誰かの温もり。その温もりの主の名前を呼ぶと、大好きな声から返事が届いた。

「……あなたに恋してから、こうも早くに隣にいてよろしいのでしょうか」
「もちろん、です」
「もしなまえ殿に婚姻の話が来たら、一番槍でさらってしまいそうです」
「待ってますからね?」

そうして口付けをして、今話したもしもが現実になるまであと少しだった。相手は、私ということで。





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