10000企画 | ナノ


▼ 振り向けたら言ってあげよう

二人で並んで座って、ゆったりとした時間を過ごす。外の景色を見つめていると、柔らかな春風が私の髪を揺らす。「寒いね」と、ーーちょっとした期待もこめて言ってみる。隣にいる鍾会殿は「あぁ」と答えて、朝から気に入らない癖っ毛をいじくった。

「その癖っ毛かわいいから大丈夫だよ、鍾会殿」
「か、かわいいだと……!?馬鹿にしているのか!」

鍾会殿は突き放すように言い放ち、目を逸らした。よほど嫌だったのか、顔が赤くなっている。鍾会殿の癖っ毛、いろんな人に気に入られているのに。ため息を落として苦笑を浮かべた。

「馬鹿にしてないよ。でも、本当に変じゃないから。むしろいい感じ」と言うと、鍾会殿はこちらを横目に様子を伺った。
「ふん、お前がそう言うならそうしておこう」
「そうそう」

「あー、やっぱり寒いよ、鍾会殿」今度は意味深に告げた。正直そんなに寒くはなかった。でも、彼に寄り添いたかったのだ。わくわくしつつ視線で彼を見つめる。止まったままだ。何を考えているのだろう。私の肩を抱くことか、それとも癖っ毛か。彼が三回ぐらいまばたきをして、ようやく返事をした。

「手を、貸してやる」
「……いいの?」
「この私が嘘をつくとでも思っているのか?」
「ううん、つかないね」
「当たり前だ」

椅子の上に、それはもう控えめに広げられた手のひらがある。静かに重ねると、きつく握られた。指先まであたたかい手は手首から脳髄まで優しさと幸福を届けてくれる。「ありがとう」と、思うまま伝えた。鍾会殿はすこしだけ間をあけて、ふんと鼻で笑った。





鼻唄混じりに鍾会殿の帰りを待つ。彼の執務室はいつも整っている。清潔感もあって、元姫殿と並ぶほどには綺麗ではないかと予想。今日は彼は軍議に出ていた。宮よりすこし離れての軍議だから、帰るのは遅いかもしれない。

いつ帰ってくるのだろう。何か嫌味とか言われていないだろうか。心配をしつつ、そっと読み飽きた書物に目を通す。
ぱたんと本を閉じたと同時に、慌ただしく扉が開かれた。疑問と騒音に急いで振り向き、椅子から立ち上がる。しかし、

「鍾会殿っ……! って、あの、」

と言葉途中に、乱暴に入室してきた鍾会殿は私の身をきつく抱き寄せるのだった。手に持っていた本が落ち、腰掛けていた長椅子の肘置きに頭をぶつける。「ちょっと」彼の肩を掴むと、何やら鍾会殿は私の視界で子供のように幼く映っていた。

「お前は私のことをどう思う」

絞り出すような声音に、鼓動が跳ねる。そして、軍議で何があったのかは安易に想像ができた。嫌味を言われたのだろう。主に上官に。軍全体で行う軍議の場合、さすがに鍾会殿に嫌味を言う人はいないが、こういう少数なものに限っては彼はときおり馬鹿にされるのだ。私はそのたびに決まって同じことを言う。それは諦めからか、それとも変わらない愛情を彼に抱き続けているからか。

「鍾会殿は、誰よりも頭も良くて、強くて、国と自分のことを大事に思ってる素敵な人」
「……」

頭を撫でて、癖っ毛を指でつまむ。

「どうせ、鍾会殿の案が採用されたんでしょ?」

だからここまで傷つくほど嫌味を言われたんだ。彼が頷くと、その反動で指先から癖っ毛がなくなってしまった。残念。そう思いつつ鍾会殿が私から身を離すのを待つ。彼はゆるゆると離れて、相変わらずのぶっきらぼうな表情のまま私を見つめた。

「……あいつらは私のことも見下す大馬鹿者だ」
「うん」
「お前の言い分などあてにならんが……。あいつらよりは頼りになる。礼を言っておこう」

そう言った鍾会殿は満足げに笑んだ。「なにそれ」と、彼の笑顔を久しぶりに見た感覚になり、私もつられて笑った。

「な、何を笑っている!」と焦る表情も、たぶん私しか見たことがないんだろうなあ。鍾会殿の空いた手を包んで心に広がるぬくもりに想いを馳せた。

「寒いです、鍾会殿」

きっと、今なら私のしてほしいことをしてくれるだろうから。




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