彼が私の家にやってきて早半年。
既に近くのデパートまでなら地理を覚えたという鍾会さんだが、今日は家でゆっくりしたいと言って与えた部屋にこもってしまった。きっと、勉強の一つでもしているのだろう。
勉強熱心な彼は、自分に分からないことがあるとすぐに調べようとする。パソコンはまだ使い慣れてないけれど、すっかり私と手紙の書き合いはできるようになっていた。整った文字は、特に漢字を映えさせる。私はその、やけに几帳面のような、尖った文字が好きだった。
「おい」
「はーい」
座って昔の手紙を漁っていたところ、後ろから呼ばれたため振り向いた。ずいと差し出される一枚の紙。丁寧に封をしていて……まぁ、封の仕方がガムテープなのは許すとしてだ。
「私に、ですか」
「他に誰がいる」
「えーと……はは、友達いませんもんね」
「友達ではない、知り合いがお前以外いないのだ! この私が孤独のような誤解をするな!」
はいはいと適当に済まして、鍾会さんから手紙を受け取る。汚く破っても、カッターで切っても文句を言うため、ちゃんと封を綺麗に開いていく。
中から一枚の白い紙が出てきた。二つ折りにしてあるそれを開くと、鍾会さんは机に出してある珈琲を飲みながら、変に視線を泳がせた。
長い沈黙。漢字は読めるけど平仮名が読解不能な手紙を解読する現代っ子に、昼間から騒がしいバラエティ番組を見る1800年前の人。
「い……つ、も、感謝……」
「くっ、口にするな」
「…………」
「……何とか言え」
「はぁ」
とりあえず読み終わり、あらかたの内容は掴んだ。半年間世話になった感謝をする。よくある礼状だった。
鍾会さんはこちらをチラチラと見てきている。感想を言わないと、多分だけれど一週間は沈むだろう。それに彼の性格的に、過去の失敗や気になるところをある日思い出し、眠るときに枕に顔を埋めたくなる人だ。
「ありがとう、ございます」
「フン、礼に言われるほどではない」
「あの、でも、今まで貰った手紙で一番嬉しかったです」
何より、すんなりと読めたものだし。
そんな心情も知らず、鍾会さんは珈琲を飲んで、一瞬口角を上げた……気がした。首をかしげて彼を見る。賑やかなバラエティが騒がしく感じた。多分私は鍾会さんの言葉を待ってしまっていたのだ。
「じろじろ見るな、鬱陶しい」
「……"は"と"わ"の区別がつかないくせに」
「それぐらいすぐに分かる! 今に見ていろ、泣くのはなまえの方だからな」
「あ、今名前読んでくれました?」
「なんだ、その顔は」
鍾会さんは眉を潜めて、私のこのにやけた顔に不快そうな表情を浮かべている。それなのに、頬は緩んだまま。少し近寄ると、彼は一歩引く。さらに近寄る。逃げられる。
「待ってください、私の名前の漢字は……」
漢字で一文字ずつ教えてやると、なんと鍾会さんはその紙を奪い取って、部屋に戻っていってしまった。
後日、私の漢字が書かれたメモに、今日の晩御飯を楽しみにしている、という寄せ書き。ダメだ、笑うな。笑ってはいけない。
「あっ」
やはり机に隠れて、鍾会さんは座っているのだから。
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