遭難 | ナノ


かたかた、かたかた、たーんっ
朝からそんな音を聞かされている気がする。どうしたものかと近付けば、賈クさんはぎろりとこちらを睨むだけだ。
ただでさえ鋭い眼光が、いざこちらを見られると怖い。

「ハッキングとかしてません、よね?」
「さあね」

あ、これはしてる。やめて私のパソコンは最新でもないし、ていうか狙われるのは私の命なんだから。賈クさんが何か言う前にパソコンの電源を落とした。ふふん、としてやったと思いながら、彼が怒るため何か言い訳を探す。

「おいあんた、」
「寂しいじゃないですか、賈クさん……」
「……あー、そう、かい」

さすがの賈クさんも、罰が悪そうに頭を掻いた。椅子から立ち上がり、私の横に並ぶ。

「心配はいらないさ。なまえ殿のパソコンだが、俺にハッキングを頼んでる奴らに全部責任があるからね」
「そういう問題じゃあ……」
「それに俺には働く知識が少ないから働けないが、あんたに金を使わせるのは正直いい気分じゃない。なに、この仕事は結構儲かるんでね?」
「ハッキング中止して申し訳ありませんでした」

お金が儲かるなら止めはしなかった。なんて残念がると思ったが、案外私は消したことを後悔していない。

「ま、あんたが寂しいなら仕方ないさ」
「手つきがやらしいっ」
「んー、悪い悪い」

肩を引く手がやらしい。そんな風に触られた経験はないが、これは彼のお友達の郭嘉さんと似た手つきだ。
初対面で私の肩を引き、挙句耳もとで喋ってきたり、夜のお供に誘ってくるあの人。顔で判断してはいけないと初めて実感した。

「どこか行きませんか?」
「俺はあんたの部屋でここの世界のことをじっくり聞きたいが」
「いいですよ……?」

なんだか嫌な予感。
ゆっくり話すならお菓子でも出そうかと、棚の上にあるクッキーを取ろうとした。ぎりぎり届かない距離。それを横にいた賈クさんはひょいと取ってくれる。

「ありがとうございます。賈クさんって背が高いんですね」
「……あんた、本気か?」
「え?」
「あー、いや、何でもない。気にしないでくれよ?」

そういえば郭嘉さんも、あと曹操さんも背が高かったなあって。他に夏侯惇さんや典韋さんもいるみたいだけど、まだ会ったことはない。きっと彼らも背が高いんだろうなって。

「あ、でも私もう少しで賈クさん追い抜かすかも」
「しっ、それ禁句だから」

賈クさんはプラスチックの缶に入ったクッキーをまじまじと見る。
一口拾い上げ、彼の口に運ぶと嫌そうな顔をしてきた。むかつく奴だ本当に。ぐいと唇に押し付けると、渋々食べてくれた。

「……ははあ、甘いねえ。こんなもの食べてよく健康でいられるもんだ」
「む、じゃあ賈クさんにはあげません」

そう言うと賈クさんは「それは待ってくれ」と言ってくれた。むかつく奴は訂正、可愛い奴だと思う。





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