短編 | ナノ

 01

姜維は諸葛亮と最期の時を過ごした場所へやって来ていた。高い崖には、季節のせいか雑草が地面を覆っていて、やけに湿気があった。
その日は星降る夜だった。姜維は空を見上げていた。寝衣が水滴を吸い込んでいようとも気にせず、ただ無心に。

なんて綺麗な空だと、姜維は思った。
あの空のように澄んで、何もかも無垢に受け止めていた頃を思い出す。それは果たして、どこにいた時のことだろうか。

「魏か、蜀か……」
「どうされましたか、姜維さま」
「ーーっ! 淵師、か」

姜維は、視界いっぱいに映る淵師を見て、ほっと胸を撫で下ろした。腰を曲げて、こちらを見ている。わざわざ彼を探しに来てくれたようだった。

「いくら夏といえど、夜は冷えます。明日の軍議にも触りますよ」
「あぁ、そうだな。……すぐに戻る」
「はい」

淵師は頷き、その場から立ち去ろうとした。それを止めたのは、姜維の好意からか不安からか。姜維は淵師の名前を呼ぶと、彼女は歩くのをやめて、静かに振り返った。

「淵師、は、花は好きか?」
「……横、よろしいですか」

姜維は頷いた。
淵師は隣に腰掛けると、触れ合うか触れ合わないかの距離で、そっと口を開いた。

「花は、好きです」
「そうか」
「もう、わざわざ止めておいて、それだけですか?」

くすくすと笑いながら、姜維の方を見た。その頬は暗くてよく見えないが、確かに熱を持ち、赤をさしている。淵師は自分の指を絡めあったりしながら、横で寝転ぶ姜維の方を見た。

「……私は、丞相が生を閉ざしたこの場所に、花を咲かせたいのだ」
「はい」
「無垢な白に、縁起のよい赤、そして桃に緑や、黄色。色というものは人の心を落ち着かせるだろう?」
「ええ」
「淵師は……赤が似合うな」

体を起こした姜維は淵師と向き合い、頬にかかる髪をかき分け、よく見える瞳をじっと見つめた。
わずかに淵師の唇が動く。慈悲深い瞳に見つめられたからだ。恥ずかしくなり顔を逸らすと、姜維が小さく笑う声が聞こえた。

「ははは。だが、赤だと呉の国のようだな。一応黄色でもあるが……」

淵師は顔を上げて姜維の方を見つめた。やけに物寂しげな表情であったため、不意に寂しくなってしまった。
行き場をなくした彼の手が、力なくぶら下がり、雑草を掴み取る。

「姜維さまは、白の花が似合いますね」
「私がか……?」
「はい。とても無垢で、むしろ白すぎるほど純粋なお方ですもの」
「そうか。なぜか、悪い気はしないな」

雑草から手を離し、立ち上がった。淵師も同じように立つと、二人で並び、散った将兵らを象徴するように鮮やかに光る星々を見上げる。
一つ、特にきらきらと光を放つ星を見つけた。

「あれは関羽殿みたい」
「あの関羽殿か」
「それで、隣に二つ光るのが張飛殿と劉備殿」
「確かに。噂に聞いていた通り、あの三つ星はぴったりくっついているな」

それから、淵師は何人かの名前と、その人が残した笑い話を姜維へ話した。彼は熱心に聞いてくれた。夏の夜の日に大きく笑い、時間を共有しあったようだ。

やがて話し終えると、淵師は笑い疲れたのか息を整え、姜維の方を見た。

「なんだか、たくさん話しましたね」
「そうだな。だが、楽しかった。私は魏から来たゆえに、周りに仲間はいないように思っていたが……、淵師は、全て話してくれた。ありがとう、淵師」
「姜維さま……」

姜維の微笑につられ、淵師も微笑んだ。特に何かあったわけではないが、彼女は心底から話して良かったと思っていた。話したからといって姜維が蜀の人間になったわけではないが、確実に彼の心は休まったようだ。

漢たちが駆けた時代は終わってしまっている。砂のように掴めることなく、音もなく、終えてしまった。
姜維は次代が漢たちの意志を継ぐものだと思っている。敵対するは、今を生きる者の声に耳を傾ける司馬一族率いる、魏だった。

「さぁ、帰ろう。淵師」
「はい!」

雑草を踏みしめ歩くと、足首に水が跳ねる。それでも歩き続けた。
紺色の景色に、二人の瞳が、光が、星のように輝いていた。


(轟く皮膚はしろさを失わない)

それでも、あなたは白すぎたから。



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