短編 | ナノ

 01

「なっ、まだ髪が濡れているではないか!」

リビングで風呂上りの紅茶でも飲もうと、ティーパックをマグカップに入れたときのことだった。後ろから腕を引かれ、何があったのかと考える間もなく馬超は、私を彼の体の元へ引き寄せた。
近くなる距離に言葉を発することもできず、ただ彼の整った顔が私をじっと見ている事実に顔が熱くなるだけだ。ぽたり、と髪の先から落ちる水滴が床を濡らしていく。早く喋ってくれないと、ティーパックが虚しくマグカップに残ったままではないか。

「……あっ、え、淵師。髪を乾かさないと風邪をひくだろう」
「ひかないよ」

それより、そうやってじっと見られると気恥ずかしいのだけれども。せめて私の手と肩をきつく握るのだけでもやめてほしい。それを馬超に言うと、「すまない」とそれはもう申し訳なさそうに謝ってくれた。

「乾かさないのなら俺が乾かすぞ」
「えっ。馬超、ドライヤーの使い方分かるの?」
「馬鹿にされてる気がするが……当たり前だ。俺は健康を損なわないために、毎日髪をしっかりと乾かしているからな」
「そう、なの」

ぽたり、また一粒落ちる。確かに馬超が先に風呂に行ったのに、すっかり乾いていた。口をあんぐりと開けて、彼を見ていたことに気付きうつむく。馬超は首を傾げたが、そんな私を物ともせずにソファーへ導かせた。いやいや、だから私は紅茶が飲みたいんだけど。

「ほら、そこに座っていろ」
「はーい」
「へくしっ」
(風邪引いてんじゃないの……?)



暖かな風が後ろから当たって、私は目を細める。彼の指が私の髪の一本一本に大事そうに触れて、乾かしていく。あまりにも気持ち良くて、ふと眠くなってきたことに気付いた。

馬超が座って、その足の間に座るのはいささか……いや、ものすごく恥ずかしい。恥ずかしいけど、その分気持ち良く髪を乾かしてくれるから気にはならなかった。

「馬超ってばすごく上手だねー。気持ち良くて眠くなってきたよ」
「ふ、そうだろう? なにせ、俺は昔から髪を乾かすのが好きだったからな!」
「さすが馬超!」
「褒めるな、恥ずかしいではないか」

満更でもなさそうに馬超は背後で笑っている(簡単なやつだ、可愛いな)。その間にも髪に指を通し、水滴を払っていた。まったく、口だけじゃないのが憎たらしい。それと可愛くて、好き。
頬が緩むから、その頬を隠そうと手のひらで覆った。やがて、かちっとドライヤーを止めると、馬超は「どうだ?」とワクワクして聞いてきた。まるで子供みたいに無邪気だから、なんだか私まで嬉しくなって、髪に触れた。

「うん、バッチリ。ありがとね、馬超」
「良かった。お前に喜んでもらえると、俺はたまらなく嬉しいぞ」
「じゃあ、これから毎日任せようかな」
「任せてくれ!」

冗談で言ったのに、馬超は喜んで私の頼みを了承してくれた。それも、嬉しそうに。私がご褒美をあげたようになっているけれども、貰ったのは私の方だ。
馬超は私の腰を持ち、自分の足の間から横へ移動させると、改めて体を向き合わせた。手をとられ、彼の両手で包まれる。

「やはりお前は美しいな!」

両手で暖かく、きつく握りしめられながら、彼が放った予想外の言葉に戸惑ってしまった。馬超は私の体を抱き寄せ、肩に頬をすり寄せてくる。待って、待ってってば。

「馬超ってば!」
「髪にも、うなじにも、俺は見惚れてしまった……。淵師、俺はお前が好きだ」

そんなこと分かってるのに。分かってるのに、不思議と胸がきつく締め付けられた。馬超は私の乾いた髪を撫でて、指で梳き、匂いを嗅いでいる。野生的な嗅ぎ方だから、犬みたいだと笑ってやった。

「……俺は、犬より馬がいい」
「馬超が馬なら私も馬になるよ」
「そ、そうか!? 嬉しいぞ、淵師!」

がばっと顔を上げられ、馬超はきらきらと瞳を輝かせて私を見つめてきた。笑顔から覗く白い歯に、健康的な肌の色。今まで馬超が風邪をひいたことがあっただろうか(さっきのくしゃみは含まない)。

馬超は私の髪にキスをすると、またきつく体を抱き締めた。すっかり、紅茶のことは忘れてしまって、明日の朝に出したままのティーパックに絶望したのは言うまでもない。




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