短編 | ナノ

 01


「んっ、先生……」

どん、と壁に抑えられるや否や、呂蒙先生からの深い口付けに目を見開いた。資料室の鍵はしっかりと閉められ、誰か来るという心配はないものの、なかなか緊張してしまう。とか、そんなことは関係なくて。
どうしたものか、私の体は動くことをやめてしまった。呂蒙先生の舌が私のと絡み合うときに聞こえる音に、思考が融解されるようだ。

一度唇から離されたが、次は首もとに顔を埋められ、あぁ、先生は私ごと食べるんじゃないかって思ってしまう。
こんな冷静に考えてる間にも、漏れる息は熱くて、じんわりと滲むのは私の涙。

「せん、せっ……?」

どくんどくんと心臓が高鳴っていた。
首もとに髭が当たってくすぐったい。そして、愛しい。呂蒙先生は私を抱きしめた。肩が震え、私のセーターを握っている。

「お前を離したくない、のだ」

やっと、と言葉を放ってくれた。
その言葉は甘くてほろ苦い、私の大好きなカラメルのようだ。今、資料室の壁に抑えられながら愛されている、私は。そういえば先生の髪の毛カラメルみたいだなって。つい笑みがこぼれる。

「すまんな、今思うと大人気ない……って、淵師?」
「い、いいえ。すみません。ただ、呂蒙先生に愛されてるなあって思ったんです」

体は互いに離れ、20センチ近い身長差で見つめ合った。キスされるときに彼の頭をぐしゃぐしゃにしてしまったから、髪の毛が乱れている。それはどうやら、私も同じで。

「淵師も、今年で卒業だろう」
「あと一年ありますよ?」
「ううむ、一年なんぞ足りん。俺は、お前と一生いたいからな」

「一時たりとも離さん」と呂蒙先生は私の頬を撫でて、優しく言った。はにかんで笑っている。なんて、お茶目な人だ。可愛くて、かっこよくて、きっと世界一素敵な先生なんだ。

呂蒙先生は私を抱き上げると、近くの文机へ私を座らせる。そのまま体がのしかかってきた。ちょうど、視点が同じ高さになると、私は先生の前髪をすくう。

「先生の髪型、ふわふわしてて好きです」
「触れてもバサバサだろう」
「それに、似合ってる」
「……ったく」

彼のおでこにキスをすると、恥ずかしそうに目を泳がせていた。先ほどまでは猟師のように、私を獲物と見ていたくせに。

「……俺は、だな。淵師の一生が欲しい」
「いいのですか……?」
「当たり前だ。むしろ、こちらからお願いさせてもらうぞ、淵師」

呂蒙先生はポケットから小さな箱を取り出すと、そこにはエンゲージリングではなく、子供用のおもちゃの指輪が一つ。もう嵌らないから、それは私の右手の小指に、通される。

「……って、これ凌統と甘寧が駄菓子屋で買ったやつじゃないですか」
「俺が貰っても使い道がなくてな。それにそんな趣味があると思われては敵わん」
「……でも、嬉しい」

きらきらと、何よりも輝いて見える指輪。このプラスチックの飾りを、昔は欲しくてたまらなかったものだ。大人になれば、飾りはプラスチックだということが分かって、宝石は高く売れることを知ってしまう。
この指輪だって、本能的に見たらきっとガラクタなんだろうけど、私にとってこれは宝物になったのだ。未来を想像するとき、呂蒙先生の右で私はエンゲージリングとおもちゃの指輪をしているに違いない。

「キスしたいです、先生」
「き、キスか?」

と、言ったときにはキスをした。
火をつけてしまったのか、呂蒙先生はだんだんと深くしていく。片手で体を支えながら、ゆっくりと傾いてきた。彼の頬に手を添え、髭を撫でる。

呂蒙先生に向けられる愛情に胸が満たされた。口が薄く開かれると、舌が絡み合い、時間がゆるやかに流れる。窓から射し込む光が赤く反射していた。資料室の、見慣れた本たちが赤く染まっている。
やがてキスを終え、呂蒙先生の顔を見たらほんのりと紅潮していた。それは夕日のせいか、はたまた照れているのか。私は後者だと睨んでいる。

とん、と胸に顔を埋めた。シャツから洗剤の匂いがする。今ここにいる呂蒙先生は人形じゃない。生きているのだ。このまま鼓動の音を聞くと、私より確実に早い。

「無理しないでくださいね」
「む、無理ではないぞ! その、だな……淵師が愛しくてたまらんのだ、俺は」
「……もう、今ので死にそうです」

ダメだ、私の鼓動が早すぎて死んじゃうかも。頭の上から聞こえる呂蒙先生の笑い声が耳に反響する。くらくらとしてきたため、彼のシャツの上から背中に爪を立てた。

「……早く、左手に違うのを嵌めたいなぁ」
「どうした」
「いいえ、なんでもありません」

何があったのかと疑問の眼差しで見つめる先生の背中から両手を離し、代わりに頬を包み込む。
そのとき、右手の小指を包むおもちゃが、赤くきらりと光った。

「……帰りましょっか」

とにかく、鼓動を止めなければ生きていける自信がないから。
それなのに、呂蒙先生は私の小指にする指輪へ唇を落とすと、「あぁ」と大人の余裕を見せ、笑顔を浮かべたのだった。


(呼吸と呼吸の口付け)



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