短編 | ナノ

 01



彼がボールを打てば黄色い声。
外して悔しそうな笑みを浮かべれば黄色い声。何をしても、黄色い声。
淵師はその声に顔をしかめ、テニスコートを後にした。


淵師は今、マネージャーである立場としてテニスコートにやって来ていた。試合があるわけでもなしに、そこには凄腕選手ーー郭嘉を見に来た女子がたくさん集まっている。
テニスコートはマネージャーと選手以外立ち入り禁止にはなっていた。しかし、コート外には彼のために用意したタオルや差し入れを持った人たちばかり。

(また練習が終わるまでコートに入れないのか……)

淵師は四月にマネージャーになったため入れるものの、現在マネージャーは定員オーバー。

(選手よりマネージャーが多いだなんてね)

理由はわからなくもない、と淵師はコート外のベンチで座りながら心内で微笑んだ。淵師自身、郭嘉に恋をしている。四月にマネージャー志望したのもそれが何よりもの理由だった。
生徒会執行部も惹かれたが、やはり、瞼の奥に焼きつく笑顔が忘れられない。ゆえにマネージャーを選んでしまった。

(そろそろいいかな……)

淵師は立ち上がり、既に下校時間が回って30分が経ったことを確認する。
30分は経たないと、彼女たちが帰らないのだ。淵師は一応、と用意したスポーツドリンクとタオルを持つと、テニスコートへと向かった。


* * *


だいぶ人が減ったテニスコート前。淵師はテニスコートへと足を踏み入れると、何人かの選手に挨拶をしながらも郭嘉の元へ向かった。
姿が見当たらない。先に帰ったことはきっとないはずだがーーと、思考を巡らせる。
他の選手に聞いてみると、「誰かを探して練習も抜け出し、どこかへ行った」と答えた。

(と言うことは、練習サボったということ……だよね)

あの郭嘉殿が。
淵師は肩を竦ませ、選手に礼を言うとすぐにテニスコートから飛び出した。今日はあっちこっち歩き回る日だと思う。めんどくさいと思う反面、胸はどきどきしていた。

下駄箱で彼が帰ってないことだけを確認する。下靴が残されていた。
どうやら、校舎内にいるようだ。
郭嘉のことだから、多分、院長室だろう。淵師は靴を履き替えると、早歩きで郭嘉を探し出した。




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