短編 | ナノ

 01


しくじった、そう思った頃には時既に遅し。拠点は攻め入られ、敵軍に包囲をされてしまった。策もなければ、余力のある兵は残りわずか。
絶体絶命とは、このことを指すのだとあまりにも痛感した。

(死ぬには、早すぎるのに)

退路を塞がれた今、敗走も叶わない。
ぐ、と柄を握り周辺にいる兵と睨めっこをした。

「……せめて、張遼殿に」

苦戦を報せる兵は討たれていないだろうか。目を閉じ、考えていても仕方ないと思った。ならば最後ぐらいは、誰よりも恋い慕った人のことを思うべきだ。

「ーー張文遠、いざ参る!」

ふと、頭上から砂が落ちてきた。欠片ほどの砂、それとーー大きな影。
地面を揺らし、周りの人を圧巻するほどの迫力を持って、張遼殿は眼前に推参した。なんて夢想的な登場の仕方なんだ。しかし、何より私の胸には、喜びと感動で一杯である。

「張遼殿……!」
「そなたが苦戦と聞き付けてな。なに、安心してくだされ。今こそ、この張文遠。淵師殿の盾となり、矛となろう」

言葉を発する間もなく、張遼殿は周囲の兵を一掃していった。私も、彼の手伝いをしようと斬り伏せていく。先ほどまで感じていた体の重さは不思議となく、背後にあるとてつもない安心感に心地よくなりそうだった。


* * *


運が良いのか、戦は私たちの勝利として勝ち鬨をあげることとなった。包囲をしていた将兵らは撤退をしていき、残されたのは配属兵たちと張遼殿だけとなった。

「張遼殿、今回は本当にありがとうございました。そして、申し訳ありません……」

頭を下げ、深く心から彼に感謝を告げる。

「礼はいい。頭を上げてくだされ。……しかし、淵師殿。貴公ともあろうお方が、なぜ無茶を?」

ゆっくり頭を上げると、張遼殿を見つめながら口ごもった。無茶をしたつもりはなかったのに、気づけばしていたのだろうか。申し訳なさで、どうしても彼と目を合わせるのがつらくなった。

「それは……、援軍要請はなくとも勝てるかと、己の力量を過信しすぎていました。本当に、ごめんなさい」
「淵師殿、謝罪は結構。……はは。普段の私ならば、とても悲しみ、深く怒っているでしょうな」
「張遼殿……」

小さく笑み、私の頬に触れる。私も彼の頬に手を伸ばし、戦場の証ともとれる土埃を払った。そのまま張遼殿の頬を撫で続けると、彼はいつしか私から手を離し、気恥ずかしそうに目を逸らした。

「……そなたが苦戦、そして既に退路は絶たれていると耳にしたとき、心臓が張り裂けそうだった」
「はい」
「これだけは覚えていてくださらぬか。私は、そなたの我が儘を叶えることこそ本望である、と」
「はい。……それなら張遼殿、私はあなたに我が儘を言います。だから、代償として……死にません。張遼殿がいないところでは、誓って」
「……できるものなら、戦乱の世を終え、平穏な日々を淵師殿と過ごしたいものですぞ」

そう言うと、張遼殿は鎧があるせいで大変そうだったが、優しく私の身を引き寄せた。冷たくて、固い。しかし、私の背中に触れる彼の手のひらがとても暖かく感じた。
そこで、周囲の兵がいたことに気づく。

「ちょ、張遼殿。やはり、今はやめておきましょう……!」
「むぅ、口惜しい。しかし、今はとお聞きしましたぞ、淵師殿。……これは、期待してそなたとの次を待たせていただこう」

引き離した張遼殿から伸ばされた腕。それは肩へ回り、私より幾分も大きな身体に引き戻す。
だから、それが恥ずかしいんですよ張遼殿。
苦笑を浮かべると、わけの分からない彼は私をちらりと見やったが、すぐに馬の元へ向かう。
今更な関係なのだから、周りの兵も気づいてはいるのだ。しかし、いささか大胆な気もする。

堅実な武人、という印象は今ではだいたい薄れてきていた。

肩を竦ませると、やはり張遼殿は不思議そうに私を見た。伸びる影二つ。その山のように大きな差は、見てる私たちからも笑みがこぼれるほどだった。



(永久指定席)

彼の右隣には、いつも私がいますように。





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