▼ 01
夕餉を済まし、湯浴みや明日の準備も終えた淵師は、恋人でもある郭嘉の部屋へと足を運んでいた。
扉の前で彼の名を呼ぶと、待っていたかのように早く扉は開かれる。夜はこれからかのように部屋の主、郭嘉は怪しい笑みを浮かべ淵師を招き入れた。
寝台に腰掛けるよう言いかけると、卓上に置かれた杯二つを持ち、片方を淵師へと渡す。
「それでは、乾杯といこうか」
なみなみと酒の注がれた杯をかざすと、淵師も微笑を浮かべ頷いた。
「はい。ーー乾杯」
こく、と一口流し込むと、湯浴みによる熱が冷まされるようだった。
一息つき、珍しい酒ということで酔わないよう自分を制す。普段は度が低いにも関わらず、すぐに酔ってしまい宴席に最後までいれたことがなかった。
「なんだか、とても甘いお酒ですね」
「そうだね、あなたにとてもお似合いだ。甘美な味に、気持ちいい匂いで……。うん、手に入れられて良かったよ」
「ふふ、嬉しそうですね」
立ったまま、格子窓の向こうから見える月を眺めた郭嘉。憂いを帯びた表情に視線を奪われた淵師だったが、はっと彼と目が合い、すぐ逸らした。
「髪が濡れているね。このままでは湯冷めしてしまう。……横、いいかな?」
「は、はい……」
ぎゅ、と杯を握り体を強張らせながら、近寄る郭嘉に淵師は対応する。
郭嘉が腰掛けることで沈む布団にさえ、緊張をしてしまった。
「怖がらないでほしいな。逆に、可愛らしくてたまらないよ」
「か、かく、郭嘉殿……!?」
手を伸ばし、郭嘉は自分と淵師の杯を取り、それを卓上へ戻した。
何も掴むものがなくなった淵師だったが、咄嗟に布団を掴み、体を後方に傾ける。その行為を、彼は何と勘違いしたのか、不敵な笑みを浮かべた。
「それは誘ってるの? それとも、自己防衛かな? うーん、私は強引にするのは、あまり好きじゃないな」
「ふ、ふざけないでください」
「ふざけてなんてないよ。淵師」
香る甘い酒の匂いに、頭がくらくらとする。淵師はゆっくり郭嘉に押し倒されると、そのまま口付けに必死に応えた。
私がくる前から少し飲んでいたに違いない。そう思うも、何も反論はできなかった。
「郭嘉殿……」
ぼんやりとした意識で、離れる彼の顔を見る。
「……郭嘉、殿……?」
「……今は、見ないでほしい」
「もしかして、照れてますか?」
「淵師……。あなたには本当、敵わないよ」
こほん、と咳払いをした郭嘉は再度淵師のほうへ振り向く。未だ頬を紅潮させる淵師へ近づき、目尻と耳たぶに口付けを落とした。
「……続きはまた後で、かな。今は少し喋ろう」
「……はい! 郭嘉殿!」
満面の笑みで頷くと、郭嘉は起き上がり杯を取った。淵師の横に腰掛けると、二人はゆっくりと話し始める。
月の光だけが射し込む。
残されたのは立ち込める甘い匂いだけだった。
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