短編 | ナノ

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給仕の者が、夏侯将軍に想いを告げたと聞いたのは既に宴席から立ったときのことだった。芸妓の華やかな歌舞も見終わったその時、夏侯将軍が出て行ったことは知っていた。きっと外の風を浴びに行ったのだろう、とその時は何もしなかった。

彼に想いを告げたのはとても愛らしく、戦場にも出たこともない可憐な女性だった。もちろん給仕だからてきぱきと働くし、料理の腕もある。まさに女性らしい女性だ。

宴席から立つとき、殿は私にそのことを耳打ちしてくれた。きっと、私が将軍に対しての恋情を知ってのことだろう。

しかし私は何もしなかった。
胸に湧き上がる、ちくちくとした痛みと悲しみ。それを抑えて、息を整えることしかできない。



そんな日から一日が過ぎた。
久々の宴会で、どっと疲れが出てしまった。重い体を起こす気にもなれず、二日酔いであろう吐き気を寝台の上で我慢していた。
目を閉じれば、殿が耳打ちした将軍の恋慕事情。恋々たる想いが私の中でどんどん大きくなる気がした。

戦場にも出て、数多の別れや出会いを迎えてきた。立派な大人だと思っていたのに。自分が情けなく思え、瞼に腕を乗せながら不貞寝しているようだった。

(好きなら、彼女みたいに想いを告げたらいいのに)

なんて女々しいんだ、と。
副将である立場だからと言い訳をする。ぐう、とお腹が鳴った。こんなときまでお腹の音は空気を読まない。
お酒に弱くはない私は、すぐに二日酔いが収まる。今日の吐き気も多分、気持ちの揺れで起きたものだ。

とりあえず、と起き上がる。
ぼんやりとした意識のまま寝台から立つと、すぐに髪を梳いた。
着崩れた衣装を整える。ひんやりとした風が入ってきて、少し身震いをしてしまう。文机に置いてある水を一口流し込むと、意識がうっすらと冴え渡ってきた。

ことん、と觚(こ)を置くと、同時に扉の前から物音が聞こえた気がした。慌てて振り返ると、誰かの話す声のようだった。

「淵師、起きておるか」
「は、はい!」

がちゃりと扉は開かれ、そこには普段着の夏侯将軍が立っていた。彼は何事もなかったかのように私の元へ寄る。何かあったのかと表情を伺うが、特に変わったことはなかった。

「すみません、起きたばかりで……」
「こちらこそすまん。昨日の今日だ。……軍議を起こそうにも、孟徳が未だ起きておらんものでな」
「わ、あの殿が!」

将軍を来客用の椅子に座らせると、私も向かい合う形で椅子に腰掛ける。二人の間には机が一つあった。




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