短編 | ナノ

 1

「はい、じゃあタイム測るわよー」

さっと笛を鳴らし、それと共に水飛沫をあげて泳いでいく姿を見る。夏本番といった暑さのせいで、じんわりと額に汗が浮かんだ。蝉の合唱に、落ち着きのある水音。それらもまた暑さをより主張する。時折、ストップウォッチを見やれば、先ほどよりも早いタイムで50mを泳いでしまっていることに気付いた。

水泳部の唯一の部員――凌統は、はっと水面から顔をあげる。ゴーグルをくいっと外すと、濡れた前髪から覗く瞳には多少の疲れが滲んでいた。ペンでタイムを記録すると、それを後ろから見ようとする彼にタオルを渡す。

「お疲れ様。タイム、伸びてたわよ」
「そうかい? ま、俺にかかればこんなもんってね」
「調子乗らないの」

陽射しによってすぐ乾く体の水滴を拭き終わると、彼は私のと同じパーカーを羽織った。タオルを首に巻き、屋根のある休憩所の椅子に腰をおろす。はぁ、とため息を落とした凌統の横に同じように座ると、お水を差し出した。
悪いね、と言って一口飲むと、また彼は息を落とす。ペットボトルを持つ指先がとても綺麗だ、と思う。私から見ても、筋肉がしっかりついてるんだってすぐ分かった。

「人の体、まじまじ見られても恥ずかしいんですけど」
「あ、ごめん。なんか、凄い引き締まってるなぁって」
「何だよそれ」

肩を竦め、肘置きにペットボトルを置く。

「しかし、暑いねぇ」
「そうね」
「淵師は入んないの? せっかくの水着が台無しだぜ」
「入りたくない訳じゃないけど……」

俯き、パーカーの袖を伸ばし自分の指を隠した。自分の体を見られたことはある。今更な話なのだが、いざ学校で、となると恥ずかしくてたまらない。暑さと恥ずかしさで湧き上がる熱に、汗をかいてしまう。

「ほら、行こうか。っと、その前にプール入る前はシャワー浴びないとね」
「ちょ、えっ」

強引に手首を掴まれ、すぐそこにあるシャワー室に連れ込まれる。カーテンで仕切られたそこは、今は凌統専用といっても良いぐらい彼しか使わない。一応、授業で使ったりはするけれども。それはたまにであり、普段は大勢が浴びられるシャワーを使っている。

がちゃり、と鍵を閉めて凌統はパーカーを脱ぎ出す。

「脱がなきゃシャワー浴びられないっつの」
「別にあたし入りたいわけじゃ……」
「暑そうなのに?」
「そりゃ暑いけど、その……。学校じゃ、どうも恥ずかしくて」
「……はぁ、そんだけの理由かい。今更すぎんでしょ」
「あ、ちょっと!」

私が羽織るパーカーを脱がそうとする凌統の手を、必死に制止しようとする。しかし、力の差なのか、叶わず、逆にときどき肌に触れる熱をもつ指先に恥ずかしくなるだけだった。

「ほんっと、あんたって強引」
「淵師以外には優しくしてるつもりだけど」
「尚更最悪よ……」

自分の腕を抱き、蛇口の捻る音に身を強張らせた。ぬるい水が頭上から降ってきて、必死に目を瞑りながらそれに耐える。

「……あんた浴びなくていいんじゃないの?」
「初めての二人シャワーが学校でとかいいんじゃない?」
「聞かないでよ」

徐々に冷たくなるシャワーに、鳥肌を立てる。もういいんじゃないか、と思っても凌統は一向に止める様子がない。目を閉じたまま顔を上げる。すると、触れるだけの口づけが落とされてしまった。

「な、なななっ……!?」
「水着着てる方が案外いいね」

蛇口を捻る音が聞こえ、それと共に水は止まった。恐る恐る瞼を開くと、普段通りの凌統がいて安心する。さっきまでの暑さはもうない。ただ、胸に湧き上がる鼓動の早さだけが、今の自分を表している気がした。




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