短編 | ナノ

 02

そして、若さんは眠りについた。

そんな日から、半月。

私は星を見に来た。この胸に残る虚無感と胸騒ぎを抑えてくれると思った。綺羅星が輝く様は、錦馬超を思い描いているようだった。泣きそうになった。

あれ……?

か細い声で奏でられる鼻歌を、私は知っている。あの日から変わらない、少し枯れた大木の下からだった。
この歌を知っていた。既に聴いていた。
私は泣いた。泣きながら、その歌のほうへ向かった。
彼がいた。また、貴重な紙を使って絵を描いていた。墨で描かれているのはよく見えないけど、黒い円がたくさんあった。塗り潰された跡だった。

若がね、描けないんだ。

ぽつりと彼は言った。眼差しは憂いを帯びて、その黒い円をなぞっている。口元は狐を描いていた。泣きそうな顔だった。誰かが陽気な苦労人などと言っていたけど、わかった気もする。

約束、守れなくってさ。俺、若の苦労も知らなくて。忘れないように忘れないように、なんて思って若を描こうとしてね、描けなくて、時間が若を忘れ去ろうとするのが怖くて、俺、俺はね、怖いんだよ。

はい、馬岱さん。一人でそんなに悩まれていたんですか。もう、悩まないでください。……泣かないでください、抱え込まないでください。

……君って、本当優しいよ。

そんなことないです、と私は泣きながら彼を抱き寄せた。柔らかい髪からは優しい自然の匂いがした。背中は逞しいのに、どこか子供のように儚さを残す体温に、私は胸が満たされた。

星のように綺羅綺羅とした、雫が二人の間を駆け抜ける。満月が世界を包み込むように思えた。

私と遠出でもしませんか?

ふと、世界の流れに抗うように私は彼に言った。彼はすぐに顔をあげて頷いた。とても楽しそうな笑顔だった。何かが晴れたような笑みだった。

俺についてこれるかなぁ? なんてね、もちろん一緒に行こうよ! 若の絵と一緒に!

馬岱さんはぐちゃぐちゃの円で満たされた紙をばっと私に突き付けた。どうしたら、と思ったら彼はさささっと若の面影のある人間を一人描いた。

若さんとの約束、果たしましょう。

私はそれを受け取って、笑顔で答えた。
馬岱さんは笑顔で、それを渡した。

馬足が駆ける音がどこからか聞こえた。それはまるで、誰かが楽しげに駆けたようだった。


(かなしかなし)




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