▼ 02
階段を降りて、のぼり、降りる。
郭嘉は院長室へはいなかったのだ。一度来たらしいが、慌てた様子で事情も話さずすぐに出て行ったと曹操は言った。
うーん、と首を捻る。
淵師は適当に屋上へ向かったが、そこにもおらず、たまたま見かけた教室へと足を踏み入れた。
がらら、と扉は開く。鍵があいていた。
「郭嘉殿……?」
そこには、誰の姿もない。
扉を閉めて、辺りを見渡した。きちんと並ぶ机に、教卓、落書きまみれの黒板。なんら変わらない光景だった。
「ここにもいない……か」
肩を落とし、ため息をはく。
普段急ぐことがあまりなく、運動も苦手で極力避けるせいか、久々に校舎内を歩き回って暑い。ポケットに常に忍ばせている小さな制汗剤を取り出し、それを首に振りまいた。
せっけんの香りを鼻にしながらも、淵師は教室から出ようと扉に手をかけようとする。
その時だった。
扉に手をかける前に、扉が一人でに開く。
「きゃっ」
「あぁ、ごめんね。誰かいるとは思わなくて……って、淵師?」
「郭嘉殿……!」
みると、制服を既に着ている郭嘉が立っていた。手には淵師のカバンと着替え。疑問に思い首を傾げる前に、郭嘉は淵師をまた教室へと入れ、扉の鍵を閉める。
そして、淵師の腕を掴むと、静かに抱き寄せた。
「良かった、探してたよ。あなたが練習中、一度も姿を見せないから……」
「か、かく、郭嘉、殿!?」
「てっきりマネージャーってことで女の子たちに嫌がらせでもされてるのかなって。……本当に安心したよ。何もされてないよね?」
「は、はい……。あの、郭嘉殿っ、その、少し離れて……」
いただけませんか、と見上げる。
しかし郭嘉は更に抱き寄せる力を強めると、その髪にキスをした。
「駄目だよ、淵師。ここまで私を心配させたんだ、お仕置きをしなくちゃね?」
「お、お仕置き……?」
湧き上がる鼓動と羞恥で、真っ赤になる。郭嘉は淵師の腰へ手を滑らせた。突然の行為に淵師は肩を震わせると、郭嘉は小さく笑い、その耳元へ唇を寄せた。
「私はあなたが好きなんだ」
「んっ……」
ぞわり、と体が粟立つ。
郭嘉の胸元のシャツを掴み、体をこわばらせた。そのまま郭嘉は顔を引かせ、淵師の顎を掴むと、頬を赤く染める彼女の瞳を覗いた。
「あなたの答えを私は知りたい」
「私の答え……?」
「分かるよね?」
いまいち頭がついてこない。
しっとりと濡れた目尻に郭嘉はキスをすると、ようやく、淵師は我にかえる。
「郭嘉殿……!」
「それは了承でいいのかな?」
「……は、はい。で、でもどうして私なんか……?」
「郭嘉殿にはたくさん女性が」と言おうとし、言葉を飲み込んだ。
郭嘉はくすりと笑うと、淵師の顎から手をどけ、強く抱きしめる。
「そのひたむきさに、放っておけない魅力。それでいて、愛らしくて、とても私のことを想ってくれている。あなたは分かりやすいからね、四月の頃、淵師を初めて見た時から分かったよ」
「そんな前から!?」
それなら、この三ヶ月、ずっと気持ちに気付かれたまま過ごしたというのか。
淵師は恥ずかしさで郭嘉の胸に顔を埋めた。少し体を曲げると、郭嘉はまた彼女の柔らかい髪にキスを落とす。
「……淵師、目を閉じて」
「は、はい……」
きゅ、と目を瞑る。
「そして、私の胸から顔をどけるんだ」
「……はい」
そのまま顔を引く。
郭嘉は腰に添える手を、肩へと撫でるように移動させた。慣れない行為に身を震わせる淵師だが、いずれ来る行動に覚悟を決める。
「今のあなたの可愛い顔は、私しか見ないのだろう。これからも、ずっと、ね」
「……んっ」
柔らかい感触が唇に触れる。
どっどっと胸打つ心臓。淵師は何をすればいいのかが分からず、うっすらと目を開くと、長い睫毛が目の前にある。
息が苦しくなり、淵師は身を引くと、郭嘉はそれを許さない。一瞬顔を引き呼吸をすると、またキスをした。待っていたかのようだ。
やがて、彼の手が首筋へ向かい、鎖骨を撫でると、すぐに淵師は顔を引かせる。
「だ、駄目です郭嘉殿っ!」
「その顔でそう言われても、全然説得力がないな。むしろ、誘ってるように見えるよ。……淵師、私がどうして教室の鍵を閉めたか、察してほしいな」
「あっ」
「今更気付いても、遅いかもね」
身を後退させると、机にぶつかる。
振りは嫌がっているが、正直、嫌ではない。次第に忍び寄る郭嘉に、淵師はきつく目を閉じると、また先ほどの熱がやってきた。
「我慢してね?」
(好き、嘘、愛してる。)
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