短編 | ナノ

 2

「生憎、淵は二日酔い。他の者も潰れておる。淵師は大丈夫のようだな」
「はい。へへ、お酒には強い方で」
「ふん、ぬかしおる。昨晩、あまり飲んでいなかったろう」

肩を竦め将軍は言い放った。
何故それを知っているのかと、疑問の眼差しで見つめる。確かに、私は昨晩、将軍が告白をされているということを知らない時でさえ、将軍の抜け出しが気になってあまり飲めていなかった。

「なに、冗談だ。お前が酒に強いようには見えんでな。度数は低かれど、酒は酒。淵師はすぐに酔いそうだ」
「ご名答ですよ、将軍」

これは一本取られた。
そう思ったが彼の顔をじっと見つめると、別のことが脳裏に蘇った。
あの女人の恋路はうまく行ったのだろうか。もしいったなら、給仕係と将軍の恋なのだからあの呂奉先を倒すよりも難しいことに違いない。下手したら、私が助け舟にならなければいけないのだ。

「ーー淵師?」
「あっ、はい。……そういえば将軍、用件はそれだけではないですよね」
「……そうだったな」

沈黙が流れる。
緊張で空腹は消えてしまうようだった。格子窓から照らし出される陽光は、綺麗な幾何学の影を作り出していた。

「孟徳から聞いただろう、淵師」
「えっ?」

ざわ、と胸の奥が騒いだ。
聞きたくないと耳を塞ぎたくもなる。

「あ、その、将軍……。えっと……」

慌てふためき、言葉を探した。
前を見たら将軍は眉根を寄せて私の方を見ている。とても好きな表情なのに、それは私を責め立てるだけだった。そのせいで、俯いてしまう。

「私は、将軍の幸せを願ってます……から……」
「淵師……」
「そんなに見ないで下さい……」
「……それは出来ん。淵師、こっちを見ろ」
「将軍っ?」

膝に置いていた手を掴まれ、机ががた、と揺れる。将軍は腕を掴み、立ち上がって机越しから私の顔を覗いていた。

「何も思わんのか」

真摯な眼差しで問われる。
口を開き、悲しいですと言いたくなった。言ってしまえばいいのだ。

「……将軍の幸せを願っています」

しかし、出てきた言葉は嘘にまみれた言葉だった。目尻がかっと熱くなり、嗚咽がこぼれそうになる。掴まれていない方の手で口元を隠した。

「淵師、それは誠ではないだろう」
「じゃあ、どうしたらっ……」

言ってしまえば、時既に遅し。
口元を抑えていた腕も掴まれ、目と鼻の先にあった彼の顔はもはや距離がない。
乱暴だというのに、頭が真っ白になって怖いとか嫌だなんて気持ちは浮かばなかった。

「……っ、しょうぐ……んっ」
「淵師……強引ですまない。俺は、お前の気持ちも考えないと……」
「夏侯将軍?」
「孟徳から聞いたとおり、昨晩女人に想いを告げられた。……だが、俺はお前に側にいてもらいたい。悪いが、断った」
「……そう、でしたか」

頬の紅潮を感じながら、私は俯いた。

「淵師、俺はお前を好いている」

いつの日か待ち望んでいた言葉が私の耳に反響する。顔を上げると、将軍が私を見つめていた。いつもと変わらない、しかし穏やかさの混じった表情だった。

「私も、好きですーー夏侯将軍」

私は囁くように言った。
それを聞き逃すことのない将軍は、机が邪魔なのか私の腕を引き少し移動する。格子窓の手前だった。暖かい日差しが、ひんやりとした風といい具合に混ざり、気持ち良い。

「なかなか、お前がおらんと辛いものだ」
「……へへ、と言っても、昨晩告白されたから会ってないのはほんの少しじゃないですか」
「それでも、長く感じる。淵師は孟徳から俺と女人の話を聞いたら、すぐに駆けつけて来るだろうと思っておったからな」
「もしかして……」
「あぁ、正直に言えば眠うて仕方ない」

そっと、私を優しく抱く。
一枚の深衣だけだからか、ぬくもりがよく伝わった。きっと彼も同じように私のぬくもりを感じているのだろう。

「少し、休みましょうか」
「朝飯はすぐだぞ」
「食べ逃したら将軍と一緒に街に出ます。軍議と鍛錬は……殿が起きませんから、大丈夫ですよ」
「……そうだな」

身を離し、将軍は私に口づけをしながら寝台の上へ押し倒す。ゆっくり、壊れものを扱うように丁寧に。必死に答えながら、息が苦しくなれば彼の胸を叩く。

「将軍とこうなるなんて思っていませんでした」
「淵師?」
「きっと、横に立つのは私じゃなくてとても可憐な方が立つのだと思っていましたから」
「ふん……お前は自分のことをよくわかっておらんな。俺は、いち早く淵師とこうなることを望んでいた」
「しょ、将軍ってば……!」

私の上に覆い被さったままの将軍は、横に並ぶと胸に私をすっぽり収める。節くれだった武人の手で、想像もつかないぐらい優しく頭を撫でられた。それがとても気持ちよくて、私は目を瞑る。
襲いかかる睡魔によって重い瞼を開き、将軍の顔を最後見た。

とても、穏やかな顔を浮かべていた。

「おやすみなさい、将軍」
「あぁ、おやすみ。淵師」

額に口づけを落とされ、とうとう私は瞼を落としていった。




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