短編 | ナノ

 2


「さて、入ろうか」

帽子やゴーグルなんてものはせずに、ゆっくりプールに足をつける。飛び込む? なんて冗談で凌統が聞いてきたけど、それは無理だと断って、サイドから手すりを使って入った。
ひんやりとした水面に、小さな波紋が出来る。水面が肩より少し低い。こんなに深いんだ、と気づく。それなのに凌統は平然と立っていて、こっちを見て孤を浮かべていた。特に何かするわけでもなく、じっと見られている。

「どうしたの?」

そう聞くと、彼は小さく笑い、私の手首を掴んで真ん中へと歩いて行く。
とても重たい足取りだった。足が引きずられそうな感覚。手首から伝わる唯一の熱と、頭に感じる陽光に目が眩んでしまう。だから、意識を手放さないよう、必死に彼の背中を見ていた。

しかし、次第に深みを増す水底に、私の視界はだんだんと狭くなる。

「ちょっ……んっ、凌統……!!」
「大丈夫かい?」
「あっ」

ひょい、と腰を掴まれ、私は彼の胸に体を預ける体勢となる。足がつかない恐怖で目を閉じてしまった。

「肩、震えてる」
「だ、誰のせい、よ」
「俺かな。……ほんっと、淵師ってば可愛すぎるっつの。強がってさ、怖いならそう言えばいいのに」
「……なんか、負けた気がするじゃない。ほら、早く端に戻ろう?」
「はいよ」

私が立っても大丈夫なように、真ん中から少し離れたところでゆっくり降ろされた。二人横に並んで、端に移動する。
特に泳ぐこともせず、なんのために入ったのやらなんて、考えてしまった。
自分自身、泳ぐのは得意ではないから別にいいのだけれども。

「それにしても、淵師がこんな場所で堂々と抱き締めてくるなんて思わなかったぜ」
「ばれたら学園長に廃部させられるものね」
「つっても、校内で恋愛行為しなきゃいいだけだろ?」
「あれはあたしの水泳補習でしたー! とか嘘つくわけ?」
「いいね、それ」

飛び込み台の下で背中をつく。学校のプール独特のぬるぬるとした感触が気持ち悪くて、すぐに退いた。手すりのところで、同じように背中を預けると、前に凌統が立った。

「シャワー室であんたを抱き締めてやりたいけど……ま、ここでいいかな」

そう、耳元に囁くと、彼は私の唇に口付けを落とした。ひんやりとして、冷たいキスだった。頬に集中する熱を冷やそうと、手を頬に当てようとしたらその手はあっさり掴まれる。

「りょ、凌統! なにもこんなところで……!」
「シャワー室行くっての?」
「そ、そういう問題じゃな、んっ」

首筋をもう片方の手で撫でられる。上気した頬に滑り込み、そのまま顔がゆっくり近づき、深いキスをしていく。漏れる吐息のせいか、はたまた未だに陰らない太陽の日差しのせいか。酸素が足りずに意識は薄れて行く。

「……ん、っは……」
「淵師……。……ん、淵師? ちょ、もしかして気絶した?」
「してないけど……暑い」
「……ったく、俺も心底ひやっとしたって」
「ん……おんぶお願い」
「いいけど、我慢できなくなるんですけど」

ぼんやりとする意識の中、凌統は私の体をそっと包み込むのだけはわかった。おんぶはされず、姫抱きをされ、そのままシャワー室に入る。ここで抱かれるのかな、なんて思ったけど、結局何事も起きることはなかった。

結局、意識を手放す前に分かったのは、彼が優しくパーカーを着せてくれたことだった。





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