▼ 03
「それって、どういう……?」
頬を染めて淵師は俺を見る。
すぐに照れる彼女は本当、喋ってて飽きない。色んな顔を見せてくれる。
「なんてね、ま、結婚は俺がここを卒業するまでしないでって話」
「わけわかんない……」
「わかんなくていいんじゃない」
はぁ、とため息を落とす淵師を横目に、俺はプリントに名前を書いて、彼女に渡した。渋々受け取りながらも、真剣にその内容を確かめている。
合格なのか、彼女は小さく笑みを浮かべると俺の視線を捉えた。
「よし、じゃあ帰っていいわよ」
「はいはい。あー長かった」
「あら、あたしと暮らしたらこれがずっと続くわけだけど」
「それはいいんだよ」
ここでいるのと、同居してるのとでは話す内容が違う。こんな楽しくもない未来のことなんて考えず、もっと、楽しい未来を考えるのだから。
がた、と席を立ち筆箱を鞄に突っ込んで帰ろうとする。淵師も立ち上がり、まだ半分以上残ってるコーンポタージュを持った。
「お疲れ様。明日からは呂蒙さんによろしくね」
「また来るのかい?」
「気が向いたら」
「そう」
適当に返事をして、扉の方へ向かった。
そこで、俺はあっと声をあげて急いで振り返る。びく、と驚く淵師の肩を掴むと、最後にキスだけ落として笑った。
「ほんっと、心臓悪い……」
「また明日」
「もう来たくないわ」
返事はせずに、その場から離れて扉を閉めた。ふう、と息を落とし、これからの決まってもいない同居のことを考えながら、廊下を歩く。少し、肌寒かった。ここまでは、真新しい日常風景。
しかし、もちろん志望校のことなんて一切調べてなくて、明日呂蒙先生にはこってり絞られる。それは、いつもの俺の変わらない日常の切り取り部分だった。
(なんて、ね)
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