短編 | ナノ

 02

別に進学予定なんてものはない。家庭の事情を考えると尚更だ。
ふと、大学に行く自分の姿を想像してみた。今とは違う、私服で電車に乗って登校して、選択した講習を受けて、友達と好きなことする。いいものだ、などと思いながら、きっと俺は満足しないだろう、とも思った。

「淵師の人生予定はどうなんだい」
「う、痛いとこ突くわね」
「そうかい」
「そうよ。……うーん、そうだなぁ。敢えて言うなら、このままこの学校にいて、教師のままいるかしら。結婚なんて想像できないかも」
「相手がねえ」
「うるさい」

はは、と笑うと俺はホットココアを一口飲んだ。少しぬるかった。振らなかったせいか、粉っぽさが残ってて喉が変な感じになる。もう一口飲んで、それも流し込んだ。

頬杖をついて、窓からグラウンドを眺める淵師は普通に綺麗な人だと思う。言葉遣いが荒くて、酒癖悪くて、適当な人だけれども。でも、生徒が大好きで、俺は何度もこの人に助けられたことがあった。

淵師の相手が俺だったらどうなんだろう。きっと、彼女は毎日笑ってるだろう、なんて自信満々に思った。「淵師先生」
「せんせって、」

そう思うと、つい胸が熱くなって気付けばカーテンを閉めて彼女の唇を奪っていた。誰にも見られないよう静かに。漏れる吐息を感じながら、そっと離れると淵師は頬を真っ赤にさせて俺を睨んでいた。

「な、何してんのよ……」
「お礼だけど」
「……お礼、か。知らない、何のお礼よ」

ふい、と顔を背けてまたグラウンドの方を見ようとした。カーテンが閉まっていて見れなかったらしい。開けようとした手を、テーブルの上に身を乗せて引っ張ってやった。

「ちょっと」
「淵師、もし俺が進学にしたいって言ったら止める?」
「それは別に……むしろ、いいと思う。あんたみたいな馬鹿、そこらの会社に預けても迷惑かけるだけよ」
「そいつは酷いね。……ま、そう言うなら進学にしようかな」
「簡単な奴。それより手を離して」
「はいよ」

さっと手を離し、乗り出した身を戻す。淵師は潤んだ瞳で、先ほどまで握られていた手首を見ていた。その表情が妙に色っぽく見えた。

「じゃあ、ここに進学って書いてね」
「志望校は?」
「また今度パンフレット用意させるから、呂蒙さんと考えてちょうだい。あ、家でも一応調べてね」
「……ふーん、ま、いいけど」

さすがに彼女に下心はないのか、なんて思いながらシャーペンを滑らす。ホットココアの匂いとコーンポタージュの匂いが混ざって、やたらと甘ったるい部屋になっていた。

「ね、凌統。さっきの……」
「ん?」
「いや、何でもない」

そう言って、淵師はいつの間にか開くカーテンからグラウンドを見つめていた。きっと、これが彼女の癖なんだろう。

「大学行ったら先生に会えなくなるんだぜ」
「……ふふ、あたしは大学教授にはなれないからね」
「じゃ、俺を毎日お見送りして、お出迎えもするってのはどう?」
「凌統のために車走らせるのめんどくさい」
「違う違う、一緒に暮らして……それなら、毎日頑張れるし」

シャーペンをことんと置いて、淵師を見る。やっぱり顔は真っ赤である。




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