入賞しました、と淵師に伝えられてあまりの嬉しさに口付けをしたこと以外は割と平凡だった気がする。別に成績をひいきされた訳でもなく、むしろ厳しかった気がした。 学校内で手を繋ぐことはアトリエ内か家でしか禁止。これは新手のいじめだと思った。 「淵師は俺のこと恋しく思ったりするわけ?」 「もちろん」 「……あー、そう、か。そうだよな」 なんて会話も何回かした。 そして卒業シーズン。 これから宴会しよう、だとかいろいろ予定をたてて、空いた時間に彼女といられることしかできなかったが、考えてみれば卒業したら淵師に触れることができるのだ。 アトリエにやってくると、もちろん淵師はいる。扉を閉めて、鍵も同時に。彼女の新しくハマっているという、ロックを流す。淵師は自主的に取り組む作品から離れ、こちらへパタパタと近寄った。 「なんか新婚気分だぜ」 「同じこと思ってたよ、李典さんと」 ふふ、と笑う淵師の額に口付けると、そのまま二人一緒にキャンバスの方へ向かう。 「その前に、すごい大事な話がある」 「どうしたの?」 手を握り締め、淵師へ向かい合った。大丈夫、言うんだ。十文字もない言葉なのだから簡単に決まっている。 深呼吸をして、淵師の髪を梳いた。 「迎えに来た、からな」 「……ふふ、そうなの?」 淵師は嬉しそうに笑っている。そのまま体を抱き寄せると、耳元で彼女は「嬉しい」と囁いた。改めて、好きだって思う。愛してるなんて言葉は馬鹿馬鹿しいと思うけど、言わずにはいられない。 「愛してるな」 「私も、好きだよ」 「好き?」 「そ、それで勘弁してって! 私、それ以上は恥ずかしくて、その」 「分かってるって。淵師、ありがとな」 そのまま口付けを落とすと、恥ずかしそうに彼女は俯いた。手をきつく握り締める。 ふと横を見ると、A1サイズのキャンバス。そこにはまだ下地しか塗られていない。俺たちみたいだと思った。 「……あの、今まで私に賞をとれとれとせがんでた人さ、なんだか新しい恋人見つけてすっかり夢中みたいで」 「そうなのか?」 「そうそう、だから私とすっかり喋らなくなっちゃった。まぁ、実家に帰ったらいるんだけど」 淵師は小さく笑った。まぁ大丈夫だろ、と今は思える。あの日以来、絵で悩むことは一切なくなっていた。一枚描き終え、また新しい作品に取り組むとき、上手くなっていく。終わりがないみたいだ。 「じゃあ、一緒に描こうか」 淵師は俺の手を握ると、笑みを浮かべて言い放った。 |