大学へ到着すると、アトリエへ真っ直ぐ向かった。会話はあまりない。何か隠されてる雰囲気が嫌だ。俺も何か話そうかと思考を巡らしたが、生憎頭が働かない。 「ほんとごめんね、画材整頓なんか手伝わせて」 「気にすんな、二人でやった方が早えだろ」 「うん……ありがとう」 淵師は俺がいつも向かい合わせる机に今日買った画材を置いた。 「さて、頑張ろう」 コートを脱いだ淵師が、どうやらやる気を出したようだ。 * * * 「じゃあ紙はこの引き出しに入れとくな?」 「はーい」 整頓もだいぶ終わりに近づいた。 彼女の昔描いた作品とかも出てきて、一つひとつ恥ずかしそうに解説してもらっていたら時間がかかってしまった。 紙を引き出しに入れ、淵師も筆を種類別に横の引き出しへ。 「片付け終わり!」 ぱたん、と閉めると、淵師は大きな息をついて棚にもたれた。俺も同じようにする。 「李典さん、ありがとね」 「どういたしまして、なんてな」 「じゃあ少し休もっか? そうだ、私なんか飲み物買ってくるよ」 「俺も行くか?」 「ん、大丈夫。何飲む?」 淵師は財布を持って、アトリエから出て行った。残された方は暇だ。とりあえず散らばった作品たちを、どこかにまとめようか。そう思い作品を拾っていく。 「ん?」 裏面に何か書かれている。 しかも、どの作品にもだ。どうやら何の賞に入ったからしい。 「へぇ、結構入ってるんだな」 淵師の今の作品はどこに入るんだろう。少しワクワクした。 「……あれ」と、目を凝らす。 誰かの筆跡で厳しい言葉が書かれていた。そこには次の取らなければならない賞や、日頃の行いなど文句をつけられている。作品の裏に不躾だろ、とも思ったがそれ以前にこれは誰が書いたのかと。 「な、何してるの?」 「……淵師」 「……見たの」 淵師はひどく悲しそうな表情を浮かべた。やめてくれ、そんな顔は見たくないんだ。一歩近寄る。離れられたため、作品を置いて近寄った。 「何、言ったらいいかわかんねえけどさ」 「……気にしないで、李典さんは悪くないもの」 その言葉は、まるで自分は悪いみたいだ。淵師の肩に触れると、そのまま身を引き寄せる。腕の中で抜けようとする彼女だったが、離すことはない。 「李典さん……!」 「俺の話も聞けって」 「……はい」 頭を撫でながら、強く抱き締める。 淵師の体は冷たく感じた。 「あんた頑張ったよな」 「……でも」 「でもはなしだ。な?」 彼女は俺の背中に手を回してくれる。 こくりと胸の中で頷かれた気がした。それが嬉しくて、俺は笑いながら静かに体を離した。 「なあ、俺あんたのこと、」 「それ以上は、言わないで」 「淵師?」 思いも寄らない言葉で遮られる。 淵師は俺の体の横を通っていくと、こちらを見ないままか細い声で言い放った。 「今日は、本当にありがとう。……もう、来なくて大丈夫、だから。その、冬休みも」 「何言ってんかわかんねえよ、俺」 「ごめん、本当にごめんね」 きっと私は、良いところしか李典さんに見せてない、と淵師は嗚咽交じりに言った。そんなことはないと言いたかったが、俺の言葉はそこで詰まる。なんて馬鹿な脳なんだと。咽喉よ働け、いいもん後で食わせてやるから、働けと。 「……俺は、よ。本当はあんたを今日すごく可愛いなって思ったし、そうやって画材見るときの楽しそうな顔だって幸せそうだったし、」 「……うん」 「あー、何言いたいか上手くまとまんないけど……、また明日来るからな」 言ってやった感と共にアトリエから出て行く。淵師が買ってくれたジュースもすべて置いて。 今頃泣いてるのではないか。置いて行くのが吉なのか。俺の勘は、一人にした方がいいと思う方に良い感じがしていた。 |